「すまん。悪かった。もう泣かないでくれ」
氷河は素直に負けを認めて――愛している者が 愛されている者に勝つことができるだろうか――瞬にこうべを垂れた。

が、瞬は、そうされても自らの勝利を勝利と自覚した様子は見せなかった。
ただ、愛し愛され恋し恋されている者の当然の権利とでも言うかのように、瞬は氷河に過酷な要求を突きつけてきた。
「永遠に僕を好きでいるって言って。そうできなくてもいいんだよ。そう言った氷河の今の気持ちが嘘でさえなければ」

氷河は、本音を言えば、瞬のためになら自分はどんなことでもできるだろうと思っていた。
負けを認めることも、素直になることも、正直になることも、瞬のためにならできる、と。
そんな氷河にでも、だが、瞬のその要求は厳酷に過ぎた。
仮にも日本男児が、どのつらを下げて、そんな生き恥ものの台詞を口にできるだろう。

「言わなくてもわかっているだろう」
氷河は少々顔を引きつらせて逃げを打ったのだが、瞬は自らの要求を引き下げるつもりはないらしかった。
「そういう逃げ方はずるい」
「言われなくても わかれ!」
「そんな命令口調で言わなくても……!」
拗ねるように軽く口をとがらせた瞬は、だが、すぐにその唇を微笑の形に変えてみせた。
それから、優しい響きの声と眼差しを氷河に向けてくる。
「わかってるから」

「…………」
いったいどんな人間なら この瞬に抗い逆らい続けることができるだろう。
ましてや勝つことなど、おそらく誰にもできないに違いない。
氷河は、瞬に求められたことに応じないわけにはいかなかった。
そして、求められたものを瞬に与える。
「俺は永遠におまえを好きでいる。この一夜は、俺にとっては永遠に等しい夜だ」

瞬は素直になった“恋人”の言葉を ひどく嬉しそうな目をして受けとめると、その手で氷河を抱きしめた。
「僕、氷河のためならどんなことでもしてあげるね」
瞬が、やはり、いつもと変わらぬ微笑と いつもと変わらぬ軽い口調で 氷河に囁く。
うぬぼれではなく――瞬は本当に愚かな恋人のためにどんなことでもしてくれるのだろうと、氷河は思った。
命を懸けることさえ、瞬は普段と変わらぬ微笑を浮かべてしてのけるに違いない。

「なら、絶対に俺をおいて死ぬな。それ以外は何も望まない」
「うん、絶対に死なない。僕は永遠に死なないよ」
氷河に頷き返す瞬は、やはり その瞳に笑みを浮かべていた。

が、どれほど瞬が彼の“恋人”を愛していても、それは不可能なことである。
それは意味のない言葉――いつかは嘘になってしまう約束だった。
だが、その約束を、誓約を、人は愛する人のために行なう。
永遠を願う心が、一夜の夢を永遠にするのだ。






Fin.






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