「あった、あった、そんなこと。氷河の奴、馬鹿だよなー!」 天馬座の聖闘士がげらげら笑う横で、今は龍座の聖闘士となった紫龍が苦笑を浮かべている。 ただ一人氷河だけが憮然として、二人の仲間と、そして瞬を睨んでいた。 「それで――あの時のことを思い出して、おまえは夕べ突然大爆笑しだしたと思ったら、いつまで経っても笑いやまなかったというのか!」 氷河の激昂は当然のことだった。 幼い頃から その胸に密やかに(?)育んできた淡い恋が ついに実りの時を迎えるはずだった昨晩昨夜。 ベッドに入って身体を重ね、手始めに甘い言葉の一つでも囁いてやろうと考えた氷河が瞬の瞳を見詰めた まさにその時、突然瞬が瞬間湯沸かし器のように吹き出したかと思うと、そのまま一晩中沸騰し続け、おかげで氷河はコトに及ぶことができなかったのである。 「ご……ごめんなさい。だって僕……」 もう一度ぷっと吹き出し、ひとしきり笑ってから、瞬が瞳に涙さえ浮かべて弁解を始める。 「僕はいつから氷河が好きだったろうって考え始めたら、あの時のこと思い出しちゃって……。僕、あの時から妙に氷河のこと意識するようになったんだよね。だから、ぷ」 瞬の弁解と謝罪には、反省の色が全くない。 実際 瞬の顔は、先程からずっと思い出し笑いのせいで崩れっぱなしだった。 氷河にとって、昨夜は最悪の夜だった。 こちらはやる気満々で、痛いほどいきりたって――もとい、気負うほどに張り切って――瞬に挑もうとしたというのに、肝心の瞬は氷河の下で身をよじって笑い続け、二人は愛と感動の初えっちどころではなかったのだから。 「ご……ごめんね、氷河。今夜……今夜こそ真面目にするから――」 そう言う側から、瞬の唇はまた笑いを洩らす。 瞬の約束の履行を期待するのは、どう考えても無理にして無駄だった。 幼い頃の自分自身を呪いつつ、氷河は疲れた足取りで、愛する瞬の前から立ち去るしかなかったのである。 閉じたドアに背をもたせかけ、 「一夜の夢だ」 と、苦しい声で氷河は呻いた。 これが一夜だけの悪夢であってくれればいいと、氷河は心底から願ったのだが、その願いを嘲笑うかのように、氷河の背後のドアの向こうではまた新たな爆笑が湧き起こっていた。 おそらく瞬は、今夜も夜を徹して笑い続けるに違いない。 笑い続け、疲れるまで笑い続け、そして、昨夜と同じように、氷河をひとり残して深い眠りに落ちていってしまうに違いない。 氷河の願いが叶うまでには――瞬が笑わずに幼い日の思い出を思い浮かべることができるようになるまでには――あと千一夜ほどの夜を経る必要がありそうだった。 Fin.
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