氷河はその後も瞬の外出についていくつもりだったのだが、氷河の酷評に懲りたらしい瞬は、翌日から 氷河の目を盗んで一人で出掛けることを始めてしまった。
日を置かずに氷河は、自分が瞬への対応を間違えたことに気付いたのだが、すべてはあとの祭り。
城戸邸に瞬の姿がないことに気付くたび、瞬が他の男の許に通っているのだと思うと 居ても立ってもいられなくなり、すぐさま瞬のあとを追いかけるのだが、そうして氷河が瞬をつかまえられたことはただの一度もなかった。

そんなある日。
瞬を追いかけて見付けられず、空しく帰宅してきた氷河は、城戸邸の玄関ホールにあり得べからざるものの姿を発見することになった。
憎んでも憎み足りないあの男が、図々しくも素裸でそこに立っていたのである。

一足先に帰宅していたらしい瞬が、コートも脱がずにその像に見入っていた。
さすがに仰天した氷河は、瞬の側に駆け寄るなり、彼を頭ごなしに怒鳴りつけたのである。
「おまえ、何てことをしたんだ!」
「え?」
「この像がどれほどおまえの気に入りなのかは知らないが、だからといって仮にもアテナの聖闘士が窃盗行為なんて、していいことと悪いことの区別もつかなくなったのか!」
そんなに男の裸が見たいのなら自分がいくらでも見せてやるのにと、氷河は本気で思っていた。
氷河の誤解に気付いた瞬が、慌てて大きく左右に首を振る。

「僕、そんなことしてないっ! だいいち、こんなに大きくて重いもの、僕一人で盗んでこれるわけないでしょ!」
「重いと言ったって、台座を入れてもせいぜい3、400キロくらいのものだろう。おまえなら簡単に運べるレベルじゃないか」
「簡単に持てても盗んでなんかきませんっ」
「なら、なぜ、おまえのお気に入りがここにある」
「それは僕が聞きたいことだよ!」

瞬はむしろ、焼きもちの高じた氷河がアテナの聖闘士にあるまじき行為に及んだのではないかと考えて、不安になっていたところだったのである。
だが、氷河の取り乱しようから察するに、彼はこの件に関しては無関係であるらしい。
そう判断して安堵の胸を撫でおろした瞬は、だが、すぐに別の不安に囚われ、困惑して顔を伏せた。
そして、呟くように言った。
「どうしよう……」

青ざめた瞬の頬を、氷河は怪訝に思ったのである。
自分が盗んできたのではないと断言しつつ、瞬の頬は、犯した罪が露見した窃盗犯よりも青ざめていた。
「どうしよう……と言っても、おまえが盗んできたのなら元の場所に返せばいいだけだが、そうじゃないんだろう?」
「アテナに誓って、そんなことはしてないけど……」

瞬は一度、言いにくそうに口ごもった。
氷河の顔を盗み見るように窺い、しばらく ためらいを見せてから、意を決したように口を開く。
瞬の告白は、この場に男の裸を見い出した時よりも 氷河を驚かせるものだった。
「僕……僕ね、ギリシャで、この像にプロポーズしたことあるんだ」
「なに?」
「プロポーズっていうか、この像に、『大好き。ずっと側にいて』って、博物館に行くたびに言ってたんだ」
「なんで、そんな――。俺というものがありながら!」

氷河は、瞬の告白に、もちろん目一杯ムカついた。
なぜ瞬がそんな真似をしでかしていたのか合点がいかず、理解もできず、腹が立った。
と同時に氷河は、瞬の青ざめた頬の訳を理解したのである。
あの伝説――彫像にプロポーズした男の伝説――を思い出して、瞬の頬は青ざめているのだ。
だが、瞬の求愛がどれほど熱烈だったとしても、その言葉が心を持たない石の像をここに呼び寄せるはずがない。
そんな伝説が現実になるはずはないのだ。






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