「仮にもこの国の王なら、まず国の民のことを考えてしかるべきでしょう。神の怒りを買ったら、それは王ひとりのことでは済まない。これは国への反逆、神への不敬、民への裏切り、王は世界のすべてを敵にまわしたようなものですぞ」 急を知らされた神官長が 忌まわしい行為が行われた部屋にやってきても、ヒョウガはシュンに衣服を着けることを許さなかった。 これみよがしに裸体のまま、自分の寝台の上に置く。 恋人に放り出された その視線の切なさを感じ、ヒョウガは大きく深呼吸をしたのである。 この国の王のせいで全世界を敵にまわしてしまった哀れな王の恋人を、ヒョウガは更に汚さなければならなかった。 シュンの視線を避けて、シュンの養父に向き直る。 神の権威を両の肩に載せて王を弾劾してくる男の方が、シュンの頼りない視線よりも、ヒョウガにはよほど恐ろしくなかった。 「言っておくが、俺を誘惑してきたのはシュンの方だぞ。死ぬのは嫌だから汚してくれと、泣いてすがってきたんだ」 ヒョウガがちらりと横目で見ると、シュンは自分が何を言われたのか まるでわからずにいるようだった。 それはそうだろう。 それは事実ではない。 「そんなことはありえない」 ヒョウガの言を否定する言葉が、即座に神官長から返ってくる。 シュンの人となりをヒョウガ以上に知り、ヒョウガよりも理解しているシュンの父にしてみれば、それは当然の判断だった。 「それはどうかな。そこの第一発見者たちに聞いてみろ。シュンがどんなふうに俺の名を呼び、どんなふうにその四肢を俺に絡め、どんなふうに喘ぎ歓んでいたかを、そこの神官たちはしっかり見たはずだ」 神官長に問うような視線を向けられた若い神官たちが、全身を緊張させて目を伏せる。 彼等には王の言葉を否定することはできなかった。 シュンの父は、その事実だけは事実なのだろうと認めざるを得なかったのである。 王に対するシュンの心を、彼は知らぬでもなかった。 しかし、だからこそ、シュンが自分から王の立場を危うくするような行為に及ぶことは、彼には考えられなかったのである。 「シュン。本当におまえが、自分が死にたくないからといって、王にそのようなことを求めたのか」 あられもない姿で王の寝台に力無く座り込んでいるシュンに、シュンの父は尋ねた。 露わになっている白い肩や胸が普段より一層頼りなく見えて、神官長は彼の息子に哀れをもよおした。 「王を庇うことはない。本当のことを言いなさい。こうなった理由と原因がどうでも――もはや結果は変わらぬ」 険しい口調でシュンを問い質すことは、彼にはできなかった。 むしろ諦めを伴った穏やかな声音で、神官長はシュンに尋ねた。 その時には既に、ヒョウガとの交合の余韻から醒め、罪を自分ひとりの上に付そうとするヒョウガの言葉の意味を理解していたシュンは、首を横に振ることしかできなかった――他にできることはなかった。 「僕が――僕からヒョウガに頼んだんです」 それはシュンが生まれて初めて口にする嘘だった。 偽りの言葉を初めて口の端にのぼらせて、シュンは、自分が本当に汚れてしまったのだということを自覚したのである。 自分はもう、ヒョウガの望む通りの自分ではないのだということが、何よりもシュンを打ちのめした。 たとえ、自分がそういうものになってしまった原因がヒョウガの上にあったとしても。 「王は以前から、神の威光によって力を得ている神殿の存在を快く思っていなかった。反抗的で、神をないがしろにしがちで、それも若さゆえの傲慢と思っていたが、おまえはその王と神殿の緩衝材になってくれていた。そんなおまえが、そのような――」 神殿の長が 哀れな生け贄の立場を少しでも良くするために そう言ってくれていることはわかっていたのだが、シュンにできることは、やはり力無く首を横に振ることだけだった。 立場というのなら、さしたる地位に就いているわけでもない非力な孤児であるシュンよりも、ヒョウガは はるかに重責を負った立場に立っているのだ。 シュンの頑なな様子に、神官長が長い吐息を洩らす。 「服を着けろ。おまえを拘束する。罪状は、アテナへの不敬と国への裏切り。処置はアテナのご意思を確かめてから決めることになろうが、それまでは神殿内に軟禁することとする」 シュンは神官長の指示に、項垂れるようにして頷いた。 恐くて――シュンはヒョウガの表情を確かめることはできなかった。 アテナの神託は、 「私が所望するものは変わらない」 というものだった。 神の声は、いささかの怒りも迷いもなく、 「あの者は汚れてなどおらぬ」 と、神託を伺うために居並んだ神殿の神官たちに明言した。 |