「なんだとっ」
アテナの神託は、すぐさまアテナイの国の王に知らされた。
「あの者は汚れていないと、アテナが明言されたそうです」
「馬鹿な……!」

シュンが汚れていないということは、王も罪を犯していないということである。
ヒョウガにその知らせを運んできた侍従は、これ以上ないほどの吉報と信じてアテナの神託の内容を彼の王に告げたのだが、ヒョウガはその知らせを全く喜ぶことができなかった。
ヒョウガは、シュンをアテナへの供物になれないものにするために、あの暴挙に及んだのである。
それをただの徒労にするアテナの信託は、ヒョウガには決して受け入れられないものだった。
怒りにかられたヒョウガは、その足で神殿に向かった。


それでも神に望まれる者――。
神殿の者たちは、人間には知り得ぬ価値がシュンにはあるのではないかと感じ始めたらしく、今では神殿内で最も豪華な部屋がシュンには与えられていた。
ただし、その逃亡を怖れて、シュンが閉じ込められた部屋には厳重な警備が施されていたが。

「シュンは一度や二度 男に犯されても汚れないそうではないか!」
見張りの神官たちにそんな暴言を吐いて、ヒョウガは、シュンが軟禁されている部屋に押し入ったのである。
国中の民からの献上物で豊かに潤っているアテナの神殿の豪奢な一室。
そこに閉じ込められているシュンは、だが、まるで罪人のように両手を束縛されていた。
寝台を囲む白いとばりの前に立つシュンのその様子を見て、ヒョウガを支配していた憤りは瞬時に霧散してしまったのである。
間違いなく この国で最も清らかな人間に この手枷は何事かと、ヒョウガは、神ではなく、シュンにそんな拘束を強いた神官たちに腹立ちを覚えた。

「ヒョウガ……」
突然の闖入者に、シュンが、戸惑いと不安の色の入り混じった瞳を向けてくる。
ヒョウガは、激しい罪悪感に襲われた。
「俺は――」
シュンにそんな目を向けられるのは、ヒョウガはこれが初めてだった。
「俺は、おまえを救いたかったんだ。おまえに生け贄としての価値がなくなれば――おまえが、俺や国の民の役に立てないものになれば、おまえの死は無意味なものになる。そうなれば おまえは、無意味な死よりも生きるための逃亡を選んでくれるに違いないと思った」

「うん……わかってる」
ヒョウガのその言葉に、シュンはほっとしたように小さな吐息を洩らした。
シュンの瞳の色が、以前と同じ 信頼と穏やかさの色を取り戻す。
それさえ確かめられれば、神への不敬の罪で処刑されることも恐ろしくはないと、シュンの瞳は無言で語っていた。

見慣れたシュンの眼差しに触れて、ヒョウガは、改めて自身の無力に苛立つことになったのである。
「汚れたはずなのに――。潔癖なアテナの最も嫌う愛欲と 知恵を曇らせる不信とで、俺はおまえを汚したつもりだったのに」
「え……?」
シュンを、自分はまだ汚せていないのだという無力感に、ヒョウガは支配されていた。
「神はまだおまえを所望しているそうだ。アテナは、おまえは何も汚れていないと寝とぼけたことを言っている。まるで俺に男の能力がないとでも言いたげに」
「ヒョウガ……?」
「かわいそうに、そんな鉄の枷で自由を奪われて――汚れることができないせいで」

戸惑うシュンの手首に、ヒョウガがその指を這わせてくる。
それが愛撫だとシュンが気付いた時には、シュンの両手はヒョウガの右手に掴みあげられ、その肩は寝台の敷き布の上に押しつけられていた。
「ヒョウガ……」
まさかヒョウガは、二度までも神の怒りを誘うようなことをしようとしているのだろうか――。
信じられない思いで、彼の瞳を覗き込もうとしたシュンの視界に、ヒョウガの瞳の青が広がる。
シュンが一瞬 我を忘れた隙をついて、ヒョウガの唇はシュンの唇を犯し、ヒョウガの指はシュンの薄い短衣の裾から シュンの身体の内に忍び込んでしまっていた。

「ヒョウガ……んっ」
そんなことをしてはいけないと思うのに、ヒョウガの愛撫を誘うように、シュンの両膝からは自然に力が抜けていく。
ヒョウガの手は、シュンの内腿を徐々に上の方へと進んでいた。
「あ……あ……!」
「声を出すな。見張りの者に気付かれる」
「ヒョウガ……そんな、ああ……ん……っ」
必死に声を噛み殺そうとしても、シュンの唇からはヒョウガの愛撫の強弱に連動した喘ぎが洩れる。
つい昨日、それ・・がどれほど心地良いことかを知らされてしまったばかりのシュンの抵抗は力無いものだった。
まして、両手の自由を奪われている状況では、ヒョウガの愛撫を退けることなどできるはずもない。

「仕方ないな」
どうあっても声を抑えることができないでいるシュンを寝台にうつ伏せにして、ヒョウガはその顔を敷き布に押さえつけた。
シュンの下腹に手を差し込み、腰を持ち上げ、そのまま獣がするように後ろからシュンの中に押し入る。
「ああ……っ!」
寝台に押しつけられているだけでは消しきれないシュンの声が室内に響き、完全にシュンの中に自分自身を埋め込んでから、ヒョウガはそんなシュンの耳許で囁いた。

「シュン、おまえはもう少し人を疑うことを覚えた方がいい」
「ヒョウ……ガ……?」
「俺は騒乱を望んでいる。神の怒りなど喜んで買ってやる。俺は退屈でうんざりしていたんだ。人間の世界に人間以外のものが口出ししてくることにも苛立っていた。アテナは俺に造反のいい機会を与えてくれた」
声を殺すために敷き布に押しつけていたシュンの顔を、その顎を掴むことで、ヒョウガは持ち上げた。
「ああっ!」
シュンの中で動くものが、シュンにまた声をあげさせる。
「いくらでも声をあげていいぞ。見張りの馬鹿共は気付いても助けに来ない。おまえは誰に何をされても汚れないものということになっているからな」

腕が自由にならないせいで、身体を起こすことができない。
地に身を伏して神に祈る姿を強いられているシュンを、ヒョウガは背後から容赦なく幾度も突いてくる。
「おまえのどこが清らかなんだろうな。まるで男をくわえ込むためにできているような身体をしているというのに」
「ヒョウガ……ああっ、やめてっ」
屈辱的な姿勢で、貶める言葉を投げつけられ、欲で猛ったものを身体に突き立てられているというのに、だが、やがてシュンの身体はそんな行為にさえ溶け始めた。
悲鳴は悲鳴のままだったが、それはヒョウガを より猛らせるための艶を帯びていた。
そして、その身体は、ヒョウガを更に奥へと誘い込む。

これ以上 シュンと繋がっていると、シュンの身体の中に飲み込まれてしまうのは自分の方だと ヒョウガが直感した時には、もう遅かった。
ヒョウガは自らの意思で自らの身体を御することができなくなり、それはシュンの身体の意思に従うだけのものにされてしまっていた。
シュンの身体が命じる通りに、ヒョウガはシュンに己れを突き立てさせられ、それを解放する時すら自分の身体の意思では決められない。

「ぼく……ああ、僕、もうだめっ」
シュンが限界に達した時に、シュンの身体に許しを与えられたヒョウガは、やっとその欲望をシュンの中に放つことができたのである。
それでも理不尽な暴力を受けたのは自分の方だと言いたげに、シュンの頬は涙に濡れ、その四肢はヒョウガの下で力無く 白い敷き布の上に投げ出されていた。






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