「まだ、神がこれ・・を所望し続けていると言ったら、これ・・の方から自分を汚してくれと泣いて頼んできたんだ」
「――自由を奪われている者が、そんな望みを口にするでしょうか」
「この淫売は、その方が興があっていいと言った。手の自由を奪われていることを盾に、理矢理犯されていると言い逃れができると思ったんだろう」
汚してはならぬものを二度までも汚し、その上 ありえない虚言を吐き続けるヒョウガに、神官長はむしろ悲愴のようなものを感じ始めたのである。

「シュン、王の言うことはまことか」
哀れな王をそれ以上見ていられず視線をシュンに転じると、無体な交合の際に鉄の枷によって手首に傷を負ったシュンが力無く俯き、王の言葉を肯定する。
「ヒョウガの言う通りです」
「……これ・・は清らかどころか、男を誘う怪しげな術でも使うのではないか。でなければ、この俺がこんなにも簡単に二度までも これの手に落ちるわけがない。清らかどころか邪悪の具現、とっととこの国から追い払うべきだ」
「王よ……」
「こんな汚らわしいものを、まだ神が所望するというのなら、アテナはゴルゴーンの盾のように、醜いものを自分の側に置くことで、自らの美しさを際立たせようとしているに違いない」
「王よ。神を畏れなさい。あなたはシュンを守ろうとして、シュンを傷付け悲しませることばかりしている」

シュンの父に責められるまでもなく、ヒョウガは自分が神に対して無意味な抵抗をしているような気がし始めていた。
ヒョウガを見詰めるシュンの瞳は悲しげではあったが、以前と変わらず澄んでいて、それを汚すことは人の力では不可能であるように思えるのだ――。


ヒョウガが懸念した通り、二度の暴行を受けても、シュンに対するアテナの意思は変わらなかった。
神はどこまでもシュンを望み続けた。
「なぜだ……っ! 身体は言うに及ばず、信じていた者から裏切られて、シュンは、その心の中も不信や恨みでいっぱいのはずだ! 普通の人間ならそうなるだろう!」

悲愴な王の叫びに、シュンの父は憐憫の目を向けることしかできなかったのである。
普通の人間なら、そうなるだろう。
だが、シュンは普通の人間ではない。
シュンは、アテナイの国の王を心から愛しているのだ。






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