「氷河っ! 何ひとりで勝手に勘繰ってるの! 星矢がそんなことするわけないでしょ!」 ――というわけで、被告側証人の登場である。 星矢の無実を知っている証人は、最初から強気だった。 のだが。 「しないとどうして言える。おまえとこんな狭いものの中に閉じ込められることになったら、俺は2秒でおまえに欲情する」 そんなことを自信満々で言わないでほしいと、瞬は心の底から思ったのである。 たとえそれが事実だったとしても、ここは恥の文化を第一義とする日本という国の内なのだ。 言わずにいるのが美徳というものである。 「星矢を氷河と一緒にしないで! 星矢は氷河とは違うんだから」 「同じ男だ。おまえの美点を認められないほどの馬鹿でもない」 それはもしかしたら褒め言葉の一種だったのかもしれないが、氷河の発言は星矢をひどく落ち込ませることになった。 『氷河と同じ』と言われて喜べるほど、星矢は恥知らずではなかったのである。 氷河の主張に頭痛を覚え始めた瞬の語調が、さすがに力の抜けたものになる。 それでも瞬は、無実の仲間を救うため、必死の弁論を試みた。 「あのね、氷河は自分を普通だと思ってるでしょ? でも、違うの。氷河が自分を世界標準だと思うのは大間違い。世の中に、氷河くらい普通じゃない人はいないんだから。世の中の人は、みんな氷河と反対だって思ってた方がいいくらい、氷河は普通じゃないんだよ」 随分な言いようではあったが、氷河は瞬に対しては真っ向から逆らう気はないらしい。 氷河はただ、その評価は心外と言わんばかりに、口をへの字に引き結んだ。 「それに、あの時、あの箱の中にいたのは、僕と星矢だけじゃなかったんだよ。僕たちの他に花がいっぱい詰まってたの。それこそ、むせて窒息しそうなくらい。星矢なんか、ほとんど気を失ってたようなものなんだから。パンドラが槍を突き刺してきた時、ほとんど動けずにいた星矢を、僕が助けてあげたんだから」 「それでおまえは怪我をすることになったんだろう。それも気に食わん」 「僕は星矢の仲間で、星矢は僕の仲間なんだから、庇うのは当たり前なの。僕と星矢は仲間だから、たとえどんな狭いところに二人きりで閉じ込められてても、たとえ僕が抱きついていっても、星矢は氷河みたいなことにはなりません! 言ったでしょ、普通の人は氷河と逆なの!」 瞬にそこまできっぱり断言されてしまうと、さすがの氷河も、それ以上星矢を糾弾し続けることが困難になる。 おそらく、星矢の無実を信じたからではなく、瞬の機嫌を損ねることは無益と考えて――氷河はこの裁判を結審させることを決めたらしい。 彼は最後の確認をするように、再々度 星矢に尋ねてきた。 「本当か、星矢」 問われた星矢が、相変わらず正直に、そして律儀に、自分が瞬に抱きつかれた場面を想像し、その結果得られた答えを氷河に告げる。 「瞬は可愛いし、優しいし、もちろん好きだし、ぱっと見女の子だけど、おまえみたいなことにはならないと思うなー。何にも感じない」 「本当に、何もなかったのか。一瞬たりとも瞬に邪まな思いを抱かなかったと、おまえは神に誓って言えるか」 「ヨコシマも何も、瞬はおまえのだろ! 人のもんに手を出して、自分から面倒を招くような真似をする趣味は俺にはねーよ!」 氷河のしつこさに、星矢はそろそろ苛立ちを覚え始めていた。 瞬以上にきっぱりした口調で、星矢が彼の最終弁論を氷河に突きつける。 そんな星矢を、氷河はたっぷり2分間 探るような目をして凝視していたが、やがて彼はようやく仲間の無実を信じる気になったらしい。 「そうか。わかった」 氷河は短い言葉で閉廷を宣言し、星矢はやっと安堵の息をつくことができたのである。 「しかし、おかしな奴だな。瞬を見ていて何も感じないなんて」 閉廷後も、氷河は何やら納得できない様子でぶつぶつ言っていたが、星矢は、 「だから、おまえと一緒にすんなって!」 の一言で、氷河の最後の疑念を退けたのだった。 |