瞬の妙に消沈した態度に苛立ちは覚えさせられたが、ともかくそのやりとりで、星矢は確信できたのである。
瞬の微笑は、やはり余裕から生じたものではない。
瞬は、子供たちの希望が叶ったとしてもそれは致し方のないことと諦めてしまっているのだ。
泣くわけにはいかないから笑っているだけにすぎない。

その事実を確信した星矢は、即座にラウンジにとってかえした。
そして、肘掛け椅子に腰をおろしている氷河の前に仁王立ちに立つ。
この非常事態に、瞬から投じられた戦いの原因についての考察などを呑気に続けていたらしい氷河を、星矢は棘のある口調で問い質した。

「おまえ、瞬と何かあったのか? 喧嘩でもしたか?」
「いや。良好だが」
「……」
良好なら、瞬があんな微笑を浮かべるはずがない。
緊張感のない氷河の返答に、星矢はいらついた。
氷河はとにかく鈍いのだ。
この男は愛されることに慣れきっていて――死以外の原因で愛を失ったことがないせいで――生きている者の心の機微に疎すぎる。

こんな男のどこがよくて瞬は氷河と“くっついて”いるのかと憤りながら、星矢は鈍い男に向かってがなりたてた。
「おまえ、しばらく星の子学園に近付くなよ!」
「? さっき、その星の子学園の子供たちから、氷のサッカーボールを作ってみせてくれと、要請の電話があった」
「おまえ、そんなことするために 何年もつらい修行をしてきたわけじゃないだろ!」
子供たちは着々と、その計画を実行に移しているらしい。
氷河の鈍さと 子供たちの迅速な行動力の見事な対照に、星矢は一層の焦りを覚えずにはいられなかった。

「星矢、どうしたんだ」
星矢の棘のある口調を訝って、紫龍が脇から口を挟んでくる。
そんな仲間を無視して、星矢は更に断固とした口調で氷河に厳命した。
「駄目ったら、駄目なんだよ! そんなことしてる暇があったら、おまえはもっと瞬といちゃついてろ!」
さすがに星矢の様子が尋常のそれでないことに気付いたらしく、鈍い男がその瞳を見開く。
その悠長な反応に、星矢の苛立ちはいや増しに増し、その苛立ちのせいで、星矢は氷河を責めずにはいられなくなった。

「おまえ、瞬に飽きられたんじゃないのか?」
「なに?」
愛されることに慣れている鈍い男にも――だからこそ?――それは聞き捨てならない言葉だったらしい。
氷河がぴくりとこめかみを引きつらせる。
その反応に、星矢は少しばかり気を良くした。
と同時に、星矢は、現状をはっきり知らせてやらないと、この鈍い男は自分の目の前に解決しなければならない問題が存在していることにも永遠に気付かない――という事実を悟ったのである。
鈍くても間抜けでも仲間は仲間である。
星矢は、氷河と、何よりも瞬のために、子供たちの陰謀を彼に教えてやることにした。

「ガキ共がさ、おまえと絵梨衣をくっつけようと画策してんの」
「絵梨衣? なんでまた――」
「ガキ共、やたらと乗り気でさー」
「勝手に電車にでもバスにでも乗っていればいい」
星矢がいつになく苛立っている理由を知らされて、氷河は逆に緊張感を失ってしまったのである。
真面目に取り合う気にもなれず、彼は僅かに前に乗り出させていた肩と背中を、再び肘掛け椅子の背もたれに預けた。
星矢が、言葉を重ねる。

「瞬も乗り気なんだ」
「……!」
途端に、氷河の顔は強張った。
鈍い男にしては迅速すぎるほど迅速に、氷河は掛けていた椅子から立ち上がり、ラウンジのドアに向かって大股で歩き出した。
「おい、氷河。どこ行くんだよ!」
星矢が慌てて、金髪の仲間の背中に声をかける。
答えるまでもない愚問に答えることを、氷河はしなかった。
代わりに、
「ガキ共には、俺はホモだと言っておけ!」
という、決して嘘ではない言葉が星矢に乱暴に叩きつけられる。

「んなこと言えるかよ!」
反射的に、星矢は鈍い男に怒鳴り返していた。
それが言えないから、星矢は苦労しているのだ。
が、その問題はさておくとして、とにかく鈍い男が行動に出てくれたことに、星矢はほっと安堵の胸を撫でおろしたのだった。






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