そんな夜を過ごしたあとに、氷河が至ることのできた結論は、当然のことながら、
「星矢、おまえ、俺をからかったな!」
というものだった。

「へ?」
早朝の廊下で肩をつかまれるなり、頭から大声をあびせかけられた星矢が、きょとんとした顔になる。
「瞬はいつも通りに――」
ほとんど勢いに任せて、星矢に昨夜の報告をしかけた氷河は、寸前で理性を取り戻し、一度言葉を途切らせた。
ほんの一瞬 言葉の選択に迷ってから、
「瞬は、夕べもいつも通りの瞬だった」
と告げる。

星矢には、その言葉だけで十分だった。
氷河が言わんとしていることを正しく理解して、星矢はむしろ その表情を曇らせたのである。
瞬の迷いは想像以上に根が深いのかもしれない――と、星矢は思った。

瞬が昨夜も、これまでと同じように氷河を求め受け入れていたというのなら――表面上は昨日までと何も変わったところを見せなかったというのなら――それこそ おかしな話ではないか。
子供たちの戯れ言を真面目に受けとめていないのなら、瞬はそれを笑い話にでもし、少し拗ねているふうでも装って、二人の戯れのちょっとした刺激にでもしてしまえばいい。
何もなかったことにする必要はどこにもないのだ。

「瞬の奴、本気なのかもな」
そう低く呟いて、星矢は、愛されることに慣れきっている鈍い男を、少々投げやりな口調でけしかけた。
「おまえ、いっそほんとに絵梨衣とくっついちまえば? 実際に目の前でおまえと絵梨衣にナカヨクされたら、瞬だって平気じゃいられないだろ」
「……」
悪質な冗談としか思えないことを口にする星矢の眼差しは、どこか冷めている。
氷河は事ここに至って、星矢は仲間をからかっているわけではないし、昨夜の瞬は決していつも通りの瞬ではなかったことを認識するに至ったのである。
だとしたら、事態は深刻だった。

「おまえは瞬がわかってない。本当にそんなことになったら、瞬は身を引く」
いったいなぜ瞬がそんな考えに捕らわれ始めたのか、その理由はわからなかったが、もしそれが事実なのであれば――瞬が本当に、子供たちの戯れ言を真に受け、そうなることが白鳥座の聖闘士にとってよいことなのだと考えているのだとしたら――瞬は自身が傷付き、半身をもぎ取られることで我が身が血にまみれることになっても、その苦しみに耐えてしまうに違いなかった。

「俺は、瞬がわかってるから、おまえをけしかけてるんだよ!」
やっと事態の深刻さを理解してくれたらしい鈍い男に、星矢が噛みついていく。
氷河は、仲間の親切に素直に頭を下げた。
「そうだな。すまん。瞬を掴まえて問い詰めてみることにする」
そう言って氷河が踵を返した時。
そこに、血の気の失せた頬をした瞬が立っていた。






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