「戦ってきたのは僕たちだけじゃないよね。人と人との戦いはもう何千年も前から続いていた。僕たちの戦う相手は人じゃなく神なことが多いけど、どっちにしても同じことだよ。戦いの場に、絶対の正義はない。人が戦って得られるのは悲しみと後悔だけ。なのに、人はどうして戦うんだろう。戦い続けるんだろう。戦えるんだろう」
「瞬」
「――って、考えたことない?」
昨夜は珍しく住人が留守だった氷河の部屋のスツールに力なく腰をおろしていた瞬は、長い間をおいてから、突然氷河に尋ねてきた。

その答えを得られれば、瞬は、彼が囚われている迷いから解放されるのだろうか?
だとしたら、氷河は、すぐにでもその答えを瞬に与えてやりたかった。
――答えを知っていたならば。

「走り出した車を止めることが容易じゃないように、戦いが始まれば、戦いはもう個人の力では止められなくなるのかもしれない。大抵の人は、戦いを自ら欲したのじゃなく、巻き込まれてしまっただけだったのかもしれない。それでも彼等が戦うことをやめてしまえなかったのは、始まってしまった戦いの中で守りたい人がいたからなんじゃないかって……僕、思ったんだ」
もうずっと以前から、自分はそう考えていた――と、瞬は言った。
子供たちのあの無邪気な思いつきを聞く ずっと以前から――と。

「星矢には美穂ちゃんや星の子学園の子供たちがいる。紫龍には春麗さんがいるよね。氷河は? 守りたい人がいないと、戦うことがつらくて――哀しいでしょ?」
だから瞬は、自らの恋人に守らせる相手を探していた――というのだろうか。
氷河は、瞬の考え方にどうにも合点がいかなかった。

「じゃあ、おまえは誰を守るために戦っているんだ」
「人類とか、この世界そのものとか、そんなふうな漠然としたもの――」
「おまえはそれが哀しいのか」
守るべき人がいない白鳥座の聖闘士が哀しいというのなら、アンドロメダ座の聖闘士も同じはずである。
氷河が瞬に問うと、瞬は小さく頷いた。

「――少し。だから、氷河には絵梨衣さんが必要なんじゃないかと思う――思ったんだ。戦う時に、あの人を守りたいって、実際に思い浮かべることのできる人がいる方が、人は苦しくないんじゃないか……って。氷河は、そういう人たちをみんな亡くしてしまったから……」
「それで、おまえは――」

それで瞬が、たまたま星の子学園の子供たちが その名を口にした少女を、白鳥座の聖闘士にあてがうことを思いついたというのなら、氷河にとってこれ以上の侮辱はなかった。
戦う理由まで人に用意してもらわなければ戦い続けることもできない男だと、瞬に思われていることも侮辱だったし、そこまで瞬に守られていることに気付かずにいた自分自身が腹立たしくもあった。

だから、氷河の声音は少しばかり きついものになってしまっていたかもしれない。
それは恋の告白以外の何ものでもなかったにもかかわらず。
「馬鹿にするな。おまえに用意してもらわなくても、俺にだって守りたい人はいる」
「え……」
「実際には守られてばかりだが、守りたい人はいる」






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