氷河の守りたい人――それが自分のことだとわかっても、瞬は素直に喜んでしまうことができなかった。 氷河が守りたいと告げる人間は、戦う側の人間である。 守り切れなくて彼を悲しませる可能性の高い、守り甲斐のない人間なのだ。 「僕は……守られる人っていうのは、託される人でもあると思う。僕たちが戦って、そして もし死ぬようなことがあったら、その分の命を生きてくれる人。でなかったら僕たちは――氷河は何のために戦うの。僕じゃだめだよ。氷河が守る人は、僕なんかじゃだめなんだ――」 だからこそ瞬は、氷河と絵梨衣を“くっつけ”ようという子供たちの計画を よしとしたのだ。 絵梨衣が戦わない者――戦わずにいられる者だったから。 氷河には、しかし、それこそ余計な世話というものだった。 「おまえは肝心なことを忘れている。俺たちは確かに、地上の平和を守るために戦っている人間だが、同時に命を託された人間でもあるんだ。平和のために戦って死んでいった先人たちに守られて生き延びた人間でもあるんだぞ。誰かに託す人間じゃない。託された人間なんだ」 瞬は戦う者は死ぬ者だという前提ですべてを考えている。 “死”が戦ってしまった者が当然受ける報いであり、戦わなかった者にだけ、戦いのあとも生き延びる権利があるのだと。 だが、氷河は、瞬のその考えに 「俺たちは戦いと戦っているんだ。戦いを打ち負かし、二度と立ち上がってこれないようにするために。俺たちが生き残らないでどうする。少なくとも俺はそのために戦ってるぞ。戦いに邪魔されず、おまえといつでも好きな時に好きなだけ いちゃついていられる世界を作るために」 瞬はあまりにも、白鳥座の聖闘士のことしか考えていない。 彼以前に戦い死んでいった者たちの遺志も、彼に守られることになるらしい少女の気持ちも、瞬は考慮の内に入れていない。 そして、瞬は、“氷河”のことをしか考えないことで、“氷河”自身の心をも無視し切り捨てているのだ。 「守りたい者を守るために戦って、それでもし守りきれなかったら、俺の戦いは無意味だったことになるのか? 守りたい者を守るどころか、俺は、守りたい者や生きていてほしい者たちを自分の手で倒してきた男だぞ。守りたい者たちを守ることが戦いの目的なら、俺は完全な敗北者だ」 「氷河……」 血を吐くような氷河の告白に、瞬は自らの唇をきつく噛みしめた。 こんなことを氷河に言わせるために、瞬は、『人は守る価値のある人を守るために戦うべきだ』などという無謀を言い出したのではなかったのだ。 「俺こそが守られる側の人間だった。戦いと戦って死んでいった者たちに未来を託される側の人間だった。そうして、自分が戦う段になって、俺はおまえを見付けたんだ。おまえは俺の守りたい人だが、同時に共に戦ってくれる者でもある」 「氷河、僕は――」 「おまえは俺に、それを諦めろというのか? 別の人間の方が都合がいいから、そちらに乗り換えろと?」 「僕は――その方がいいと思ったんだ……」 そうなることで、自分の守りたい人が より幸福になれるのだと思わなければ、瞬とて そんなつらい企てに賛同したりはしなかったのだ。 |