アテナの聖闘士の危機と聞いて 仲間たちの許にやってきた一輝が、弟の計画を聞いて青ざめることになったのは、その5日後のことだった。
『よりにもよってなぜファッション業界なんだ!』と、いつもと変わらず流行無視の格好をしている仲間たちの姿を見やりながら、彼は思ったのである。
しかし、彼の弟はやる気満々だった。

「グラードの男性衣料売り場の1区画を僕たちに提供してもらえるよう、沙織さんに掛け合ってもらいました。今はネットもあるし、売り場や宣伝方法に悩む必要はありません。資金は沙織さんが出してくれることになってますが、こうなった事情が事情ですし、湯水のようには使えません。僕たちはローリスクハイリターンを目指すことになります」
最愛の弟に決定事項の報告という形でそう言われ、一輝は目眩いを覚えた。

「デザインは僕がするから。紫龍は器用だから縫製ができるでしょう。できなくても覚えて」
鳳凰座の聖闘士以外の者たちは、既に瞬の決意を翻させることはできないと悟っているらしい。
瞬の厳命に頬を引きつらせた紫龍は、しかし、反駁の言葉を口にしようとはしなかった。

「瞬。俺は?」
「星矢にはパタンナーをしてもらうよ」
「何だよ、それ」
「デザイン画から実際の服を考える人のことだよ。型紙を作る仕事といえばいいかな。洋服の設計図を作るの」
「へ……?」
アテナの聖闘士の中で唯一 不可能への挑戦に燃えている星矢が、聞き慣れない名称とその作業内容に息を呑む。
もちろん、それは、星矢には未知の仕事だった。

「星矢、いつもフィギュアやプラモで遊んでるでしょう? 基本は同じだよ。組み立てるんじゃなく、完成されたロボットをそれぞれの部品にバラす仕事。組み立てたあとのことを考えながらね」
「あ、それなら何とか……」
――なるのだろうか?
一瞬、星矢は、まだ芸能界デビューの方がマシのような気がしたのだが、彼はすぐに思い直した。
細かい部品だらけの聖闘士のフィギュアも、10段変形する巨大ロボットも、最新鋭の爆撃機や複雑怪奇としか言いようのないサグラダファミリアさえ作ったことのある自分に、たかが洋服1着の部品が揃えられないわけがない。
することは、部品を揃えるだけなのだ。
難しく考えなければ、それは可能なことのように思われた。

「瞬、俺は抜けるぞ。おまえの計画に協力できないのは心苦しいが、俺にできることはない」
「兄さんにはマーチャンダイザーをお願いします」
彼らしくなく 及び腰の一輝にも、瞬は情け容赦なく仕事を割り振っていった。
作業内容を尋ねられる前に、さっさと説明を始める。
「商品の企画や売り方を考えてほしいんです」
「しゅ……瞬。それはつまり、こ……この俺に、俺たちの作ったものを買ってくれと世間に頼んでまわれと言っているのか !? 」

「ええ」
白目を剥きかけている一輝に、瞬は至極あっさり頷いた。
「でも、頼んでまわる必要はありませんよ。兄さんは、消費者が 僕たちの作った服を買いたいと思うように、その心を操ってくれればいいんです。幻魔拳と同じようなものでしょう」
「俺の幻魔拳がコマーシャルと同じだとぉ〜っ!」
瞬の超理論に、一輝は口から泡を吹きそうになった。

彼は最愛の弟に一言物申してやらなければと思ったのだが――思わずにいられなかったのだが、
「幻魔拳みたいに常識じゃ考えられないような拳を打てる兄さんに、普通の人間にもできる仕事ができないはずはないですよ。僕の兄さんは、優しいだけじゃなく有能だから」
という瞬の一言で、彼は沈黙することになった。
確かに、幻魔拳を身につけるための苦しい修行に比べれば、シロートに服を1着買わせることなど容易に過ぎる仕事である。
それはブティックにバイトで入った学生アルバイトにも初日からできる仕事なのだ。






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