「瞬。俺は」
氷河が自分から瞬に尋ねていったのは、決して 彼がこの無謀に積極的に協力したいと思ったからではなかった。
ただ彼は、仲間たちが次々と瞬に仕事を申しつかっていく様を見ているうちに、果たして自分にはどんな役割が割り振られることになるのかと興味を覚えただけだった。
瞬が、そんな氷河に満面の笑みを浮かべてみせる。

「氷河にはとっておきの仕事をお願いするよ」
「何だ」
「イメージモデル。とりあえず、服ができるまでは、僕の前でカッコいい男でいてくれればいいの」
「……それは、普段通りにしていればいいということか?」
「え?」
気の抜けたような氷河の反応に一瞬きょとんとした瞬が、すぐに意味深な笑みを その口許に浮かべる。
「うん。そうだよ」
「……」

苦笑めいた瞬の微笑の意味を問い質したい気持ちがないわけではなかったのだが、氷河はそうすることができなかった。
氷河はそんなことよりも――仲間たちが瞬に困難な仕事を求められる中、自分だけがあまりにも他愛のない仕事を割り当てられたことに、不満とも不安ともつかない感情を抱いてしまったのである。
自分は瞬に全く期待されていないのではないか――と。
しかし、それは、甘すぎる考えだった。
瞬は、不満顔の氷河に、意味深な笑顔はそのままで、軽く言ってのけたのである。

「実際に商品展開が始まったら、人の目を惹きつける立ち方とか歩き方とか表情の作り方とかをマスターして、ブランドモデルとして立派な広告塔になってね」
「……」
氷河は、瞬の無慈悲な要求のせいで、突然激しい頭痛に襲われた。
瞬が、その恋人にだけ甘い顔をするはずがなかったのだ。
瞬のためだけに存在し、2人だけの世界を切望している男に、社会に対して最も露出率の高い仕事を割り振るとは!
氷河は、瞬に、自分の心を踏みにじられたような気にさえなってしまったのである。
そんな氷河の心を知ってか知らずか、瞬の目許と口許には、相変わらず笑みが浮かんでいる。

「ふふ、僕、一度氷河を思いっきりカッコよく飾って、みんなに見せびらかしてみたかったんだ。氷河って、派手な外見のわりに引きこもり体質だよね」
「しゅ……瞬。俺は、おまえが望むなら、着せ替え人形にでも何でもなる。だが、それはおまえの目を楽しませるためだ。俺は、おまえ以外の奴に媚を売る気は――」
「ちょっと待て。じゃあ、俺は、本当は格好の悪いこの馬鹿男を格好良いと嘘の宣伝をしてまわることになるのかっ !? 」
氷河の切なる訴えは、弟の作業分担に目一杯不満を覚えた一輝の怒声によって遮られた。
氷河が、瞬の兄の発言にむっとする。
瞬は、しかし、氷河と一輝の憤りを華麗に無視して、彼の兄に告げたのだった。

「兄さんは、まずウェブサイトを作ってください。グラード財団のサイトトップからリンクしてもらえるようにしますから。資金提供はあまり要求できないけど、コネは有効利用しなくちゃね。ネット通販市場にも参入しますから、同業他社のサイトに見劣りのしないサイトを作ってくださいね」
「なにーっ !? どこぞの引きこもり毛唐じゃあるまいし、肉体派・アウトドア派のこの俺に、そんなオタクの真似をしろというのかっ!」
「今時、小学生だって、自分のサイトを作って運営しているくらいなんですから、兄さんにできないはずがないですよ」
「……」

瞬は、兄や仲間たちの怒りや不安や不満を、そのやわらかい笑顔で受けとめ、さりげなく受け流してしまう。
瞬に飴という名の鞭を与えられると、自分たちの成し遂げようとしていることが無謀な挑戦であることはわかっているのに、個々に割り振られた仕事は存外に容易なことのように思えてくるのが不思議だった。

兄と氷河が黙ると、瞬は、彼の仲間たちの顔を順に見詰め、そして言った。
「とにかく、まず一着だけ作ってみようよ。僕たち、どうせ敵が現われない時には時間を持て余しているんだし、きっと目的もなくぼんやりしてるより、刺激的で充実した毎日を過ごせるよ」

刺激も充足も、それは瞬ひとりだけから与えられたい。
それが氷河の本音だった。
しかし、瞬が思いついた奇跡への挑戦は既に始動しており、瞬自身が数日前から服飾関係の書籍を大量に買い込んで勉強を始めていた。
仲間たちを巻き込んでの瞬の挑戦を妨げることは、氷河には到底できることではなかったのである。






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