瞬が『未知なるカダスを夢に求めて』の再読を終えたのは、その日の午後になってからだった。
恐怖小説の世界とは異なり、アテナの聖闘士たちが生きている現実世界は、優しくやわらかな秋の午後の光が満ちている。
おそらく一日の中で最も明るく最も暖かな時刻に、瞬は暗闇を描いた本を読み終えた。

本の世界に没入している仲間を眺めているのに飽きたのか、あるいは、仲間に視界に入れてもらえないことが不愉快だったのか、星矢たちの姿は既にそこにはなかった。
ただ一人、アテナの聖闘士たちの中で最も明るい色の髪と瞳を持った男だけが そこにいて、無言で瞬を見詰めていた。
瞬の読書が一段落したのを見てとって、その金髪の男が瞬に尋ねる。

「瞬、ホラー小説はおまえの望むものをくれたのか」
「え?」
南に広く開かれた窓から室内に射し込む秋の午後の陽射しを受けて、氷河の髪は尋常でなく眩しく輝いている。
瞬は一瞬、目が眩む思いをした。
瞬の返答を待たずに、氷河が言葉を重ねてくる。
あまり――楽しそうにではなく。

「もっと恐い話をしてやろうか」
「氷河……?」
言葉の意味はわかるのに、瞬には、氷河が何を考えているのかがわからなかった。
氷河がふいにそんなことを言い出した訳も。
瞬はただ、とにかく氷河が眩しいと思った。
その眩しい光の塊りのようなものが、瞬に静かに告げる。

「俺はおまえが好きだ」
「そ……それのどこが恐い話なの」
「友だちとか仲間としてのことじゃないぞ。おまえを抱きしめて、おまえの目に俺しか映らないようにしてやりたいと思う種類の『好き』だ」
「……」

これは、いわゆる恋の告白というものなのだろうか。
仲間からの突然の告白は、驚いて当然のもののはずだったのに、瞬はなぜか驚くことができなかった。
否、それが今 この場で為されたことに驚きはしたのだが、その驚きは、少なくとも 天を驚かし地を動かすほどの衝撃を瞬にもたらしはしなかった。
それは以前から薄々気付いていたことではあった。
だが、瞬は、知っていたから驚かなかったわけでもない。

「どうだ、恐いだろう」
頷くことも、首を左右に振ることもできない。
氷河が言う通り、彼の告白を受けた瞬の中では、驚愕より恐怖が勝っていたのだ。
「この世に、これほど恐ろしいことがあるか? 俺はおまえを愛してるんだ」
氷河の髪は陽光の色をしている。
青い瞳は、秋の午後の光の中で明るく輝いている。
すべてが眩しく、それゆえ、瞬は氷河の眩しさに戦慄した。
掛けていた椅子から立ち上がり、一歩また一歩と後ずさる。

「瞬――」
光の中で、氷河の手が瞬の方へと差し延べられる。
その瞬間に瞬は、悪魔の誘いから逃れようとする基督者のように、脱兎のごとく その場から逃げ出していた。






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