瞬は暗闇に潜む恐怖を追い求めているというのに、彼が実際に生きて存在している世界には、翌日も 明るく暖かな陽光があふれていた。
闇を見詰め続けている者には 目が眩んでしまいそうに思えるほど明るく輝いている世界。
瞬は、世界が希望に満ち輝いているように見えることに 恐怖していた。
なぜ世界はこれほどまでに明るいのか――と思う。
そして、その世界には、やはり陽光のように明るい色の髪と目をした男がいて、彼は その明るさで瞬を追い詰めようとするのだ。

瞬が、光が飛び跳ねて遊んでいるような庭の光景を、室内から一人ぼんやりと眺めているところに、その男はやってきた。
気付いた瞬が、視線を合わせないように顔を伏せたまま、ラウンジを出ていこうとする。
氷河は、瞬を引きとめた。
瞬の身体に触れることなく、その言葉で。

「逃げるな。恐怖が欲しいんだろう?」
「氷河……」
瞬が恐る恐る顔をあげる。
氷河の明るい青色をした瞳に映し出される彼の仲間は、明確に怯えた表情を呈していた。
目の前にいる仲間が 害意のない人間に危害を加えたりしないことを自分は知っているはずなのに――と、瞬は思った。
氷河も同じことを考えているように見える。

瞬はもちろん、氷河によって危害を加えられることはなかった。
代わりに、氷河は、まるで冗談を言っているように軽い口調で、不穏極まりない提案を瞬に示してきたのである。
「この世で最も恐ろしい神を呼び出してやろうか」
そう彼は言ったのだ。
皮肉に唇の端を歪めて。

「え?」
氷河はいったい何を言っているのかと、瞬は仲間の意図を訝った。
クトゥルフ神話の神は、時に人間の召還に応じることもあるが、召還された神が この世界にもたらすものは この上ない破壊と恐怖のみ――ということになっている。
そして、召還者が彼から得られるものは狂気だけ。
架空の、虚構の、印刷物の中では、クトゥルフ神話の神々はそういうものであることになっていたのだ。

氷河は、その恐ろしい神を、この明るく眩しい世界に呼び出そうとでもいうのだろうか。
本気でそんなことを考えているのなら、氷河は、クトゥルフ神話の神々に狂気という贈り物を贈られるまでもなく狂っている。
瞬はそう思わないわけにはいかなかったのである。

「氷河、馬鹿なことは――」
「馬鹿なことだというのはわかっているんだな」
瞬のその言葉に、氷河は心を安んじたらしい。
彼は、初めて笑みを洩らした。
その笑みを――明るい笑みを――すぐに消し去り、氷河が再度 真剣な眼差しを瞬に向けてくる。

「だが、俺はおまえが好きだから、おまえを喜ばすためなら、古き神だろうが、異形の神だろうが、どんな無理をしてでも呼び出してやるぞ」
二人がいる部屋の中は、光に満ちて明るい。
氷河の瞳の色も明るい。
“瞬”を好きだと告げる男の表情も明るくて、瞬には、彼が狂っているように見えた。

狂っていない人間が、この狂った世界に平気で存在していられるわけがなかったのだ。
狂っている氷河は、彼が好きな人間を喜ばせるために、本当にその無謀をしかねない。
どういう手段を用いるのかはわからなかったが、彼はきっとその無謀を実現する。彼には その力がある――と、瞬は根拠もなく信じてしまったのである。

「氷河、やめて……!」
悲鳴じみた声で、瞬は氷河に懇願した。
「ほら来た」
氷河は、明るく狂った目をして微笑んでいる。
「氷河……っ!」
絶望のために かすれてしまった声で、瞬は仲間の名を呼んだ。
2人のいる部屋の扉が、音もなく開けられる――。






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