実際に氷河たちが堤を築く作業にとりかかったのは、その翌日からだった。
村人たちが2人を遠巻きに眺めている中で、彼等は川の流れを変えるための堤を 本来の川の流れから少し外れた場所に築く作業を開始した。
――というのは、クシナダ姫の館で待っている瞬が、後刻 氷河に聞いた話である。

氷河は聖闘士としての力を隠すことなく使っているようで、毎日ブルドーザー5台分ほどの仕事をこなしているらしい。
にも関わらず、夜には必ず瞬を求めてくる。
瞬と身体を交えることは、少なからずエネルギーを消費する行為であるはずなのだが、氷河はむしろそれで逆に力を得ているようだった。

が、それも最初のひと月ほどの間のこと。
夏の陽射しがやわらぐ頃になると、氷河とスサノオは、日が暮れても 瞬とクシナダ姫の許に戻ってくることがなくなった。
いつ訪れるのかわからない期限の日が近付いている。
2人は夜の川原に松明たいまつを燃やし、斐伊川に沿って延々数キロに渡る堤防を築くため、ひたすら岩と土を運び固める作業を続けているらしかった。

『スサノオの相手を務めるのは、川の氾濫を治めるより大変よ』
そんなことを言っていたクシナダ姫は、スサノオの訪れがなくなると、目に見えて元気を失っていった。
大変な仕事・・をしなくて済むようになったはずなのに、それでなくても白いクシナダ姫の頬は今では青白く見えるようにさえ なってしまっている。
見兼ねた瞬は、ある日の夕方、少しだけでもクシナダ姫に顔を見せてくれるようスサノオに頼むために、斐伊川の河川敷へと出掛けていったのだった。

夕暮れの色に染まった土木工事現場では、氷河が上半身裸になって、まさしく肉体労働と呼ぶしかない仕事にいそしんでいた。
もともと浅黒かった肌が、今ではすっかり赤銅色に染まっている。
見慣れているはずのものを見ただけだというのに、我知らず瞬の頬は上気した。
慌てて気を引き締め、川の周辺を見回すと、彼等の仕事はまだ7、800メートル分は残っているようである。
これでは、確かに夜を徹しての突貫工事を敢行するしかない。

「やっぱり僕も手伝う。見てるだけじゃ おかしくなりそう」
駆け寄って、瞬は、氷河が持ち上げようとしていた岩に手をかけたのである。
「瞬?」
おかしくなるとは、いったい何がどうおかしくなるというのか――それが氷河にはわからなかったらしい。
瞬は、そんな氷河に苦笑を返した。
「スサノオさんみたいに歌が詠めたらいいんだけど」
と前置きをしてから、複雑な心情を凝縮し尽くした その言葉を口にする。
「つまり、氷河に『萌え〜』ってこと」
「へ?」

照れをごまかすために、それきり氷河には何も言わずに、瞬はもくもくと力仕事に取り組み始めた。






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