瞬が氷河たちの仕事を手伝い始めたことは、良い方向に作用したようだった。
瞬は、少なくとも外見は非力な少女そのものである。
それが健気にも(?)大の男が3人がかりでも持ちあげることが困難な大岩を、必死に運んでいるのである。
大の男である村人たちが、彼等の水田を守るために立ち働いている者たちを ただ眺めていることはさすがに決まりが悪くてできなかったらしい。
1人の村人がその工事現場に飛び込んでいくと、我も我もと彼に続く者たちが現われ、やがて斐伊川周辺の工事現場は 大勢の村人たちの掛け声であふれかえることになった。

男たちのために食事を運んでくる女たちがそこに加わり、小さな子供たちまでが砂利石をカゴで運び始める。
クシナダ姫の老父アシナヅチも、村人たちに酒をふるまって、
「頑張ってくだされー」
と鼓舞の声を張り上げることになった。
村人たちは、あまり快く思っていなかったのだろうスサノオの指示を仰ぎ、愚直にも思える素直さで与えられた仕事をこなし始めたのである。

尋常の人間には到底太刀打ちできない聖闘士の力。
それでも、それは、数百人の村人たちの力に勝るものではなかった。
斐伊川の流れを変えるための堤は、以前とは段違いのスピードでその形を整えていった。

「こういうの、いいなあ……。すごく素敵」
敵を倒すことでしか目的を果たせない戦い方をしてきた瞬には、それは、羨まずにはいられないほど美しい光景だった。


――その年、最初の秋の豪雨が出雲の国を襲ったのは、村人たちが土木作業に協力するようになってから ちょうど10日が過ぎた夜のことだった。
ほぼ完成していた堤は、逆巻く川の流れに、もちろん見事に耐え抜いたのである。

「やったー !! 」
夜を徹して堤を補強し続けていた村人たちは、翌朝 雨雲の走り去った空に現われた太陽の光の中で、周囲に大歓声を響かせた。
これからはもう、苦労して世話をしてきた田や畑を水に流されてしまうことはない。
雨が降るたび、自分たちではどうにもできず、ただ川が氾濫しないことを祈るだけの日々は、もう彼等の許を訪れることはないのだ。
村人たちの歓喜は並大抵のものではなく、その様子はまさに欣喜雀躍という表現がふさわしいものだった。

が、自身の田畑を持っていないスサノオの喜び方は、他の村人たちとは全く異なっていた。
「クシナダ、俺のものだ!」
朝の光の中で 大雨に耐え抜いた堤を確かめたスサノオは、そう叫ぶなりクシナダ姫の待つ館に向かって脱兎のごとく駆け出したのである。
仕様のない男だと思いつつ、その気持ちはわかないでもない。
否、氷河にはわかりすぎるほどわかっていた。
だから氷河は――そして瞬も――むしろ微笑ましい気持ちで、クシナダ姫の許に駆けていく男の後ろ姿を見送ったのである。

スサノオの姿が堤の向こうに消えて見えなくなってしまってから、氷河はやっと我が身のことを思い出した。
今夜は久し振りに瞬と同じ寝床で寝ることができるのだという感動に打ち震えつつ、その手を瞬の肩に伸ばす。
次の瞬間、2人は“現代”に降臨した女神アテナの前に立っていた。






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