「欲しいものは、苦労して手に入れた方が有難みがあっていいでしょう? 楽をして幸せになるとね、人に妬まれるものなのよ」
文句を言う隙を、彼女は氷河に与えなかった。
そして、すっかり日に焼け、泥で汚れた麻のはかまだけを身に着けている氷河の姿を見て、彼女は非常に満足しているようだった。

「沙織さんーっ !! 」
言いたいことは多々あって、聞きたいことも山ほどあったのだが、氷河はアテナへの怒りに邪魔されて、それらのことを素早く言葉にすることができなかった。
そうこうしているうちに、彼の仲間たちがその場に駆けつけてくる。

こういう場合、元の世界ではほとんど時間が経っていないのがお約束というものなのだが、今回はそういう気の利いたことにはなっていないようだった。
つまり、氷河と瞬は、あの日からほぼ2ヶ月後の現代にいたのである。

「やっと帰ってきたのか。氷河、おまえ、沙織さんの機嫌を損ねて、聖域の改修工事に駆り出されてたんだって?」
「本当に建てたいのは瞬と籠もる家だろうに、ご苦労だったな」
氷河をねぎらう星矢と紫龍の声には、いたわりと思いやりがにじんでいる。
ほんの2ヶ月前の彼等とは、氷河に見せる表情までが違っていた。

星矢と紫龍でさえ、こうなのである。
他の人間が、楽をして幸せになった人間を妬む――というのは、大いにありえることなのかもしれない。
だから――結局氷河は、こんな乱暴な真似をしでかしてくれたアテナを非難するどころか、彼女に皮肉の一つも言うことのできないまま、元の生活・元の世界に戻ることになったのだった。






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