その夜、違う世界でのこととはいえ、長い禁欲生活を余儀なくされていた氷河は、まさに荒ぶる神のごとき勢いで瞬を抱きしめることになった。
そして、その相手を務める瞬は、ヤマタノオロチ退治に挑むクシナダ姫のごとく、喘ぎ泣き叫ぶことになった。
ハシタナイ声を抑えることなど、この期に及んで できる配慮ではなかったのだ。

氷河に激しく揺さぶられるたび、心臓が信じられないほど速く強く打ち、氷河が一度終えるたび、瞬は乱れた息を整えるために 長い時間を必要とした。
もっとも 少し呼吸が楽になったと思った途端に、氷河がまた覆いかぶさってくるので、瞬の心臓はずっとフル稼働し続けることになってしまったのだが。
やっと氷河の気がおさまった時には、瞬は、身体に全く力が入らず、手足を自分の意思で動かすことさえ困難な状態になってしまっていた。

「ヤマタノオロチ……」
かろうじてまともに動かすことのできる唇で、瞬は神話の中の化け物の名を呟かずにはいられなかったのである。
「ん?」
「氷河にも、尻尾が8本ある」
「尻尾? 何のことだ」
「ううん……」

動かせないと思っていた身体を、試しに動かしてみる。
身体を、ベッドの隣りにいる氷河の方に向き直らせることは、かろうじてできた。
氷河の肩に、瞬は、まだ少し熱を持っている額を軽く押しつけた。
「今頃、スサノオさんは、あの歌を詠んで、家を建ててるのかな」
「今頃?」
『今頃』とは、いったい何千年前のことなのか。
そう思った氷河は、しかし野暮な指摘はしなかった。

「スサノオさんとクシナダさんの住む家に八重垣が必要な訳がわかったよ。スサノオさんはあんなふうだし、クシナダさんは大らかすぎるほど大らかだし、防音設備もないところで、毎晩あんな声を聞かされ続けたら、近所の人たちが みんな睡眠不足になっちゃう」
苦笑と微笑のちょうど中間に位置するような笑みを作って、瞬が言う。

スサノオは結局、人と争うことなく、むしろ彼を敵視していた者たちを仲間と為し、その力を借りて、望みのものを手に入れた。
スサノオこそ人生の勝利者だと、瞬は思ったのである。
あの後、出雲の国はスサノオとクシナダとその子孫たちによって長く治められていくことになるのだ。
羨ましい――と、瞬は思った。

「必死に頑張ってる人を見てると、誰でもその人に力を貸したくなるものなのかな。あんなふうに人を傷付けずに済む苦労なら、僕、いくらでも喜んでするのに」
「奴等は目的が具体的で、共通していたから、力を合わせるのにも躊躇がなかったんだろう。スサノオに至っては、目的が低レベルすぎたし」
「そんなことないよ! 大好きな人と一緒にいたいっていう気持ちのどこが低レベルなの!」

思いがけない反論に合って、氷河はその瞳を見開いた。
しかし、すぐに瞬の意見に賛同する。
「そうだな。好きな相手といつまでも一緒にいたいという気持ちが、いつか世界中の人間の心を一つにすることもあるかもしれない」
「うん……」
そうなればいいと、心から願って、瞬は氷河の腕に自分の腕を絡みつかせた。
それから、氷河に見られないようにこっそりと笑みを洩らす。

「ヤマタノオロチを退治するのは大変だけど、すごく気持ちがいい」
「なに?」
さきほどから氷河には理解できない呟きを繰り返す瞬を訝って、氷河が下目使いに瞬を見詰める。
瞬は今度ははっきりした笑顔を作って、氷河に告げた。
「僕は氷河が大好きだから、ずっと一緒にいたいって言ったの」

苦労して手に入れたものの言葉を疑うことなど、氷河には思いもよらなかったのだろう。
彼は、瞬の言葉に嬉しそうに目を細めた。
「俺もだ」
そう囁いて、氷河が瞬の肩を気遣うように抱きしめる。
手なずけてしまえば、ヤマタノオロチはひどく優しい獣のようだった。






Fin.






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