「じゃあ、僕と約束しよう。聖闘士になって、生きて日本に帰って、もう一度会うこと」
突然、瞬がそんなことを言い出して――俺は一瞬 心が弾んだ。
これは本当だ。
でも、すぐに俺は瞬の言葉を喜んでしまうことができないことを思い出した。
「でも、おまえは一輝と約束したんだろ」
「1人だけとしか約束しちゃいけないの?」
「そうじゃないけど――2人のうちの1人なんて嫌だ」
「氷河だけを見てくれる人がいいの?」

瞬が尋ねてくることに、俺は心の中では頷いていた。
そう。俺が欲しいのは、マーマみたいに俺だけを見てくれる誰かだった。
でも、黙っていた。
そう言ってしまったら、一輝と約束済みの瞬は、もう二度と俺を見てくれなくなるかもしれないと思ったから。

もちろん俺はすぐに、否定しなかったら肯定したのと同じだってことに気付いて、内心で舌打ちをした。
瞬は、案に相違して、相変わらず俺を見ていてくれた。
そして、瞬はくすくすと小さな笑い声を洩らした。
「氷河って、お猿さんみたい」
「猿?」
オウム返しに問い返した俺に、瞬がこっくり頷く。
「お猿さんの赤ちゃんは、いつもお母さん猿にしがみついてるでしょ。お母さんしか、自分を守ってくれる人はいないって思ってるからだよ」

瞬にそう言われて、俺はむっとした。
猿にたとえられたことにじゃなく、マザコンみたいな言われ方をしたからでもなく、瞬の言うことが事実その通りで俺が反論できないことに。
でも、それは悪いことなのか?

「あ、僕、今日の夕食当番なの。行かなきゃ」
俺が唇をへの字にして黙り込んでしまったからでもないだろうけど、瞬は急にそわそわしながら辺りを見回す素振りを見せた。
俺のいるところと瞬のいるところでは、少し時差があるらしい。
オーロラのせいで真の闇にはなってないけど シベリアはもうすっかり夜なのに、瞬のいるところは今が日暮れらしい。
どっちにしても、物理的に説明できないこんな時空の中では、空間だけでなく時間も捻じ曲がってしまってるんだろうけど。

「もう会えないのか」
なぜそんなことを訊いたのか、俺は自分でもわからなかった。
また瞬に会えたからといって、何が変わるわけでもないのに。
なのに、俺は、瞬が微笑いながら、
「明日、もう一度ここに来てみるね。同じ時刻に」
と言ってくれたことが無性に嬉しかった。
それは、明日 約束通りに瞬がここに来て、俺がここに来ても叶わないかもしれない約束なのに。

それはわかっていたのに、その夜、俺は、マーマと遊園地に行く約束をした前の晩みたいに 心臓がどきどきして、なかなか寝つけなかった。
(明日も会えるかな)
期待と不安が半々。
いや、もしかしたら期待の方が大きかったかもしれない。






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