「おまえ、もし一輝が死んでたらどうするんだ」
その数日を経たある日、俺は瞬に訊いてみた。
それまで自分のことばっかり喋ってたから、少しは瞬の話も聞いてやらなきゃ悪いかなと、俺は思ったんだ。
いや、俺の中には、もっと意地悪な気持ちがあった。
一輝がいなくなれば、瞬は俺だけを見てくれるようになるかもしれないという、悪い“希望”が。

それまで いつも微笑んで俺の話を聞いてくれていた瞬が、ふいに悲しそうに瞼を伏せる。
その身にまとっている優しい空気が一瞬冷たく張り詰め、そして僅かに澱んだ。

その時になって、俺は初めて気付いたんだ。
瞬は幻みたいなもので触れない。
でも瞬は生きている――俺と同じように生きている。
生きているから笑いもするけど、生きているから傷付きもする。
瞬に笑っていてもらいたかったら、俺は、瞬の気持ちを考えて、瞬を悲しませるようなことを言っちゃいけないんだ。

瞬を悲しませたら、瞬は俺を嫌いになるかもしれない。
もう俺に会いに来てくれなくなるかもしれない。
俺はそれが嫌だった。――そうなることが恐かった。
だが、なぜ――?

今なら、わかる。
俺は希望を失うのが恐かったんだ。
俺は、いつのまにか瞬の上に、俺の“希望”を投影していた。
誰も俺をわかってくれなくても、誰も俺を認めてくれなくても、瞬だけは俺を理解し許してくれるんじゃないかと。
俺がそんな希望を抱いても不思議じゃないくらいに――瞬は、すべての命を受け入れ育む春のように暖かかったから。

人が大人になるっていうことは、現実の厳しさを知って夢や希望を失うことじゃなく、逆に、現実の厳しさに直面するたび、新しい夢や希望を見付け出せるようになることなんじゃないだろうか。
たとえ一つの希望が失われても、次の希望、次の夢を。
それを見付けだす力を身につけることが、大人になるってことで、強くなるってことで、生きるってことなんじゃないだろうか。

少し――その力を俺は身につけ始めていたのかもしれない。
俺は毎日瞬と会っているうちに、生き延びて本物の瞬に会いたいと思うようになっていた。
そして、できるなら、“瞬のただ一人”になりたい――と。
瞬の一人だけの相手になりたい。
瞬に“俺一人の瞬”でいてほしいと願う気持ちより、俺が瞬にとってのそういう存在になりたいと願う気持ちの方が、俺の心の中では強くなっていた。

自分のその気持ちに気付いてから、それまで一方的に瞬に自分をぶつけることだけしていた俺は、瞬の話を聞いてやることを始めた。
それで瞬が泣き出してしまった時には、瞬を励まし力付けることさえした。
だって、俺は、瞬に笑っていてほしかったから。






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