オーロラのシーズンが終わりかけていた。 瞬の姿は日に日にぼやけていく。 瞬の目に映る俺の姿も、それは同じらしく、オーロラの魔法がまもなく終わってしまうことを、瞬も感じているようだった。 「氷河には、お猿さんみたいに、“たった一人”が必要なんだね」 瞬が俺にそう言った時、俺たちは今日が二人が会える最後の日だという確信を抱いていた。 そして、おそらく、その時 瞬は俺のすべてを――その時の俺のすべてを知っていた。 俺が、それまで、自分が生きて存在する理由がわからずに、投げやりになっていたこと。 『自分なんて、もうどうなってもいい』と思いかけていたこと――を。 それだけじゃない。 瞬は、俺自身が気付いていない俺のことも知っていた。 どうすれば俺が『生きよう』と思うようになるのかを。 だから瞬は言ったんだ。 「僕、氷河だけと会うために聖闘士になることにする」 ――と。 “瞬のただ一人”になりたい――その願いが叶ったにも関わらず、俺は、瞬の言葉を手放しで喜ぶことができなかった。 それは嘘だと――俺のための嘘なんだということがわかっていたから。 「一輝はどうするんだよ」 そう尋ね返されることを、瞬は予期していたらしい。 一瞬たりとも言葉を迷わせることなく、瞬は即座に答えた。 「兄さんとはきっと生きて再会できるって決まってるから……もういいんだ」 それから瞬は、兄との約束を放棄する代償を求めるように、きっぱりと俺に言った――半ば命じた。 「僕が氷河と生きて再会するためには、氷河も生きて聖闘士になってくれなきゃならないよ」 瞬が望むなら、俺は必ずそうするだろう。 俺が頷こうとしたら、瞬は、それまでの少し厳しい表情をふいに消し去った。 すがるような視線で、俺を見上げる。 「ううん、聖闘士になんかならなくていい。生きて帰ってきて」 「瞬……」 瞬を抱きしめたいと、俺はその時、どうしようもないほど強く願ったんだ。 なのに、俺のすぐ目の前にある瞬の姿は消えかけている――オーロラのシーズンは終わりかけている。 「きっとまた会おうね」 「生きて会おうね」 「僕と氷河だけの約束だよ」 瞳を涙でいっぱいにし、幾度も幾度も二人だけの約束を繰り返して、俺の瞬はオーロラの光と共に、俺の前から消えていった。 ひと冬の間、俺の心の中に春の風を運び続けてくれた瞬は、そんなふうにして消えてしまったんだ。 俺は泣きそうだったけど、泣かなかった。 希望を持てなくて、涙のありかも忘れてしまっていたからじゃない。 ただ、かっこわるいとおもったから。 俺は、瞬が泣いている時に、瞬を力付けてやれるような男になりたいんだ。 生きて日本に帰ったら、俺は瞬を抱きしめることができる――。 それが、瞬が俺にくれた希望だった。 瞬との約束をただ一つの希望にして、母猿しか知らない猿の赤ん坊みたいに その希望にしがみついて、俺は一人で修行に耐え続けた――生きようとした。 “希望”があると、『生きること』は『耐えること』じゃなくなる。 その約束の先には瞬がいると信じられるようになった俺は、むしろ喜んで、日々の修行に挑んでいったんだ。 |