夢も希望も食べ尽くして、俺には何も残っていない。
新しい夢や希望を作り出す術も知らない。
それが何なのか、どんなものなのかも忘れていた。
でも、瞬がいれば、俺は失ったものすべてを取り戻せるような気がしたんだ。

瞬という存在が、俺に希望を作る力をくれる。
人は希望があれば生きていけるものだが、その希望を思い描くのにだって力が要る。
俺にとっては、その力の源が『瞬』だった。

「生きていて何になるのか」
「もうどうでもいい」
俺は、そんな独り言を言うのをやめた。
そんなのは、希望を見付けることができず、そのせいで心が弱り汚れている人間が言う言葉だ。

弱音を吐きたくなったら、空を仰いで瞬の名を呼んだ。
それだけで力が湧いてくる。

『きっと、また会おうね』
『生きて会おうね』
『僕と氷河だけの約束だよ』
俺は生きて日本に帰って、そこで瞬に会って、そして、今度こそ力いっぱいに瞬を抱きしめるんだ。


カミュが、俺に白鳥座の聖衣を授けると言ってくれた時、これで俺は瞬との約束を果たせるんだと思った。
素直に嬉しかった。
だから、俺は笑った。
笑った俺に、カミュが尋ねてくる。
「おまえが時々 呟いていた『シュン』というのは日本語か? どういう意味なんだ?」

本当のことは言えなくて――それは、俺と瞬だけの約束だったから――暫時 迷ったあとに俺は、
「希望という意味です」
と、師に答えた。
「そうか」
俺の返事を聞いたカミュが、微笑み頷く。
カミュの笑顔を滅多に見たことがなかった俺は、だから ひどく驚いた。
同時に、結果的にカミュに嘘をついてしまったことに、俺は罪悪感を抱いた。
が、すぐに思い直す。

俺はこれから生きて日本に帰る。
だが、これがカミュとの今生の別れというわけじゃない。
だから、いつの日にかカミュに再会し、『これが俺のシュンです』と本当のことを告げることのできる日がくるだろうと、俺は思ったんだ。
カミュはきっと笑って俺の嘘を許してくれるだろうと思った。
――そんな日は永遠にこなかったが。






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