再会した時、俺に抱きついてきたのは瞬の方だった。
聖衣を手に入れて日本に帰ってきていた他の仲間たちも、瞬の大胆さに驚いて目を丸くしていたが、いちばん驚いたのは俺だった。
嬉しかった。
俺の春。
温かく、可愛くて強い、俺の春。
俺は瞬との約束を守り、俺の春をこの手に掴むことができたんだ。

「何なんだよ、おまえら〜っ」
少し大きくなった星矢が、仲間二人のラブシーンに面食らったような声を辺りに響かせる。
「ずっと夢だったのかもしれないって思ってたから……」
俺にだけ聞こえるように小さく囁いた瞬が、恥ずかしそうに頬を染めて、俺の背にまわしていた腕を解く。
今度は俺が、少し大人になった瞬の身体を力いっぱい抱きしめた。
星矢が酸素の足りない金魚のように口をぱくぱくさせているのが、視界の端に映った。


皆のいる部屋を出て庭に行こうと俺を誘ったのも、瞬の方だった。
もちろん俺は喜んで、その誘いを受けたんだ。
俺と瞬が体験した あの不思議な出来事の話を他の奴等にしてやるつもりはなかったし、そうしたところで誰も俺たちの言うことを信じてはくれないだろう。
それに――瞬は俺だけの希望、俺だけの春なんだから、俺はとにかく瞬と二人きりになりたかった。

「僕は、氷河だけのために、生きて聖闘士になって帰ってきたんだよ」
瞬は、あの約束を憶えていた。
だが、瞬が俺にそんなことを言ったのは、瞬の兄が未だ日本に帰ってきていなかったからだったかもしれない。
それがわかり、瞬を思いやれるほどには、俺も大人になっていた。
いや、瞬の兄の存在を邪魔だと感じていることを正直に告白するのは利口なやり方じゃないと考えることができるほどには、世界が見えるようになっていたと言うべきかもしれない。
「俺もおまえ一人のために生きて帰ってきたんだ」
一輝のことには言及せず、俺はそう言って笑った。

泣き虫の小さな子供だった瞬は、綺麗になっていた。
月並みな言い方をするならば――だが、瞬を他の何にたとえられるだろう――春の花がほころぶように。
少し大人になって、口調も仕草も、もうあどけなさだけではできていない。
でも、あの瞳だけは俺の知っている瞬のままだった。
大きくて、相手をまっすぐに見詰める あの瞳だけは。
瞬と再会するなり、俺が恋に落ちたって、それは不思議なことでも何でもないだろう。

瞬の兄の生還を、俺は望むようになった。
考えるまでもなく、俺が“瞬にとって ただ一人”の存在であるためには、瞬の兄は邪魔な存在だ。
だが、一輝の生存が定かでないと、瞬の心はいつまでも兄を引きずり、兄に囚われたままでいる。
もし瞬の兄が死んでいたら、奴は瞬の中で“叶えられなかった夢”として永遠に消えない存在になるだろう――俺にとってのマーマのように。
奴が生きていて、『実はさほど大した男じゃない』と瞬に認識されてくれるのが、俺にはいちばん都合がよかった。

幸い、瞬の兄は生きていた。
そして、俺たちの敵として瞬の前に現われた。
想定外の展開に、正直 俺は慌てたんだ。

「生きていてくれさえすれば、いつかわかってくれる。元の兄さんに戻ってくれる」
兄への愛と信頼を捨て切れない瞬は、泣きながら俺に言った。
殺生谷で一輝が死んだと思われた時にも、
「いつまでも泣いていると兄さんを心配させるから。聖域の正義を取り戻すことが、兄さんを喜ばせることになるんだよね」
瞬はそう言って笑った――瞳に涙をためて。
一輝が生きていたことがわかった時には、瞬はただ泣いた――喜びに、その瞳を眩しいほどに輝かせて。

希望、希望、希望――。
たとえ詭弁でも、言葉だけ、心だけのことにすぎなくても、人はそんなふうに、不幸や挫折に出合うたび新しい希望を見付けだして生きていくんだ。
どんな時にも瞬は、希望を その胸に生み続ける。
一度は死んだ命を蘇らせる、春という季節のように。






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