瞬は氷河からの連絡が途絶えてから、心配のし通しだったらしい。 連絡の途絶えた場所が場所だっただけに、氷河の操縦するセスナは海に落ちたのだとばかり思い、沖の方ばかりを捜していたという話だった。 氷河はほんの数時間 砂漠にいただけのつもりだったのに、瞬の住む世界では氷河の遭難から3日以上の時間が過ぎていた。 氷河の“外出”の理由を沙織から知らされ、その遭難に責任を感じていたらしい瞬は、無茶な男がまた無茶なことを始めるのではないかと懸念しているのか、氷河救助の直後から、一瞬たりとも氷河から目を離そうとしなかった。 ろくな食べ物もないところで3日間を耐え抜いた男が身体の不調を全く訴えないことが、かえって異常に感じられて、瞬の不安を大きくしたらしい。 瞬があまりに心配そうに無謀な計画を立てた男を見詰め続けるので、氷河は、そんな心配は無用だということを示すために(それだけが目的ではなかったが)、救出されたその夜のうちに瞬を自室のベッドの中に引き入れたのである。 初めての時には、氷河の愛撫の一つ一つにいちいち怯え、腰が引けているようだった瞬が、その夜はひどく積極的だった。 瞬は、氷河と触れ合っている事実を実感できることが嬉しくてならないらしい。 そして、氷河の愛撫に力がこもっていればいるほど安心できるらしく、氷河に無体と言っていいようなことをされても、瞬はそのたびに歓喜の声をあげて、彼に応えてきた。 恋人の乱暴を喜ばずにはいられないほどに、自分は瞬を心配させていたのだということを知らされた氷河は、自身の無謀な計画を深く反省することになったのである。 瞬とのデートなど、毎日同じベッドに二人で出掛けていくだけで十分ではないか。 切なげな熱を帯びた瞬の声や なまめかしく絡んでくる瞬の肌と腕に抱きしめられて、氷河は心からそう思ったのである。 瞬と瞬の恋人は、余人とは違う特別なデートをしなければならない――などという考えが、なぜ自分の中に生まれたのだったか、そんなことさえ氷河はもう思い出すことができなかった。 あれは、二人が二人でいることの本質を見ようとしない一種の見え、あるいは強迫観念のようなものだったのだろうかと思う。 『ノシこそが贈り物の本質なのに、最も大切なものなのに、誰も僕たちを見ようとしない……!』 氷河は、ふと、ノシの王子様の悲痛な訴えを思い出すことになったのである。 「……俺とおまえがこうしていることの本質とは何なんだろうな」 体中に、瞬から与えられた熱と快楽の余韻が残っている。 氷河がそんな呟きを呟いたのは、瞬との交合の心地良さに酔い、判断力が少々鈍っていたからかもしれなかった。 「え? 本質?」 つい先程まで、眼前にやわらかい肉を差し示された獣がそうするように 彼の獲物を組み敷き、その所有を主張していた氷河に、突然そんなことを問われた瞬が首をかしげる。 できれば、自分の気が狂っていることを瞬に知られたくなかった氷河は、もちろん、彼が砂漠で出会ったもののことには言及せず、素知らぬ顔で瞬の肩を抱きしめた。 「星の王子様ふうに言うなら、『大切なもの』、か。俺たちがこうしていることにどんな意味があって、何がいちばん大切なことなのかということだ」 「どんな意味って……。僕は、氷河とこうしていると、すごく幸せな気持ちになれるし、そういう気持ちになれる人と一緒にいられるんだから、僕はとっても幸せで――」 自分の言葉が、『卵が先か、ニワトリが先か』の堂々巡りになっていることに気付いた瞬が、少し恥ずかしそうに笑って、言葉を途切らせる。 それから瞬は、氷河の胸に頬を押し当て、小さな声で彼に告げた。 「こうしてると、どきどきして落ち着かない気持ちにもなるけど、氷河と一緒にいるんだって思うと、僕は安心できて、幸せな気持ちになるんだ。それって、すごく大切で意味のあることでしょう?」 「幸せ……か。まさしく、見ようとしなければ見えないものの典型だな。人の目は、不幸ばかり――全く大切ではないものばかり見えるようにできている」 「氷河、遭難している間に何かあったの」 瞬の知っている氷河は、ベッドでそんなことを言い出す男ではなかった。 とはいえ瞬は、これが氷河と過ごす二度目の夜にすぎなかったので、そう思うことに大した根拠はなかったが。 だが、少なくとも初めての夜、氷河が瞬にベッドで語ったことといえば、いかに“瞬”という人間が“氷河”という人間にとって特別な存在であるかということ――その特別な存在を我が物にすることができた喜びを伝える言葉だけだったのだ。 瞬が怪訝そうに尋ねてくることに、氷河はまさか『ノシの王子様と恋について語り合っていた』と事実を応えるわけにはいかなかった。 全く本当のことというわけではないが、完全に嘘でもない答えを、瞬に返す。 「おまえのことばかり考えていた。もう二度と会えなかったらどうしようとか、もっと何度も抱きしめておくんだったとか」 「氷河……」 氷河の決して嘘ではない告白を聞いた瞬が、切なげに眉根を寄せる。 一緒にいれば それだけで幸せな気持ちになることができる人と一緒にいられなかった時の心細さを思い出したらしい瞬は、頬だけでなく全身を、ぴたりと氷河に寄り添わせてきた。 「あ、今夜は いっぱいしようね。僕、もう恐くなくなったよ。氷河がいない方がずっと恐いってわかった」 「へ……?」 瞬は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか――? 氷河は瞬の大胆発言に、瞳を見開くことになったのである。 怪我の功名とはこういうことを言うのだろうかと思う。 大切なものを見ることのできる目を持った氷河は、もちろん彼の幸福を大いに享受したのである。 |