十二宮での戦い。
俺の師が俺に死を与えると言ってくれた時、俺の目には彼の姿が神に見えた。
俺に死ぬことを許すと言ってくれる彼の言葉に安堵し、俺の恋をついに叶えてくれるという彼に、心から感謝した。
俺はあの時、彼を愛しているとさえ思った。
そして、俺は、ついに俺の恋を叶えたんだ。

許されない恋。
俺はずっと“死”に恋し続けてきた。
その恋が、ついに成就した――と、あの時、俺は思った。
確かに、あの時、俺は“死”と結ばれたんだ。
幸福だった――と思う。

だが、そんな俺を生の世界に呼び戻すものがいた。
俺の恋を、せっかく結ばれた俺の恋を引き裂く無慈悲で強大な力。
安らぎかけていた俺の心を、再び孤独と苦しみの中に引き戻そうとする残酷な力。
それが瞬だった。

瞬は俺を死から引き離し、俺と死の結びつきを引き裂き、代わりに瞬自身がその身を“死”に委ねようとしていた。
瞬が“死”に恋してなどいないことはわかっていた。
なのに、瞬は俺の恋を引き裂くために、その身を、瞬自身は恋していない“死”の腕に委ねようとしていた。
俺がその時感じた嫉妬は、瞬に対するものだったのか、“死”に対するものだったのか――。
俺は混乱し、結ばれたばかりの俺の恋を引き裂こうとする瞬を、“死”の腕から引き離そうとした。

その時、声が聞こえたんだ。
『氷河、生きて』
それが瞬の声だったのか、マーマの声だったのかはわからない。
『なぜ生きなきゃならないんだ、一人で』
叫んだのは瞬に対してだったのか、マーマに対してだったのか、それもわからない。

『氷河は一人じゃないでしょう?』
瞬? マーマ? どっちだ?
『俺は一人だ』
『氷河は一人でいようとしているだけ。人はみんな一人だから、誰かを愛さずにはいられない。それが生きるということなのに、氷河はまだ一度もちゃんと生きたことがないでしょう?』
――おまえは誰なんだ!

そう叫んだ瞬間に、俺の恋は終わった。
あれほど恋焦がれていたものは、その時には既に俺の手の届かない場所へと遠ざかってしまい、遠くから見るとそれは ただの詰まらない石ころのように見えた。
己れの生をちゃんと・・・・生き抜いた者だけが、それを宝石にできるのだと、今の俺では 死んでも望むものを手に入れることはできないのだと、正体の知れぬ声が最後に俺に教えてくれた。

そして――俺の傍らには、“死”の代わりに瞬がいた。
生きていたいのに、俺のために命を捨てようとした人。
瞬の命と死は、宝石のように輝いていた。
俺の命と死は、一片の光すら持たない石ころだったのに。

その時から、俺の“死”への恋は、自分でも驚くほど急激に冷めていった。
代わりに俺の心は、生きることに、生きている人に、急速に傾いていった。
愚かな俺は、その事実に気付くのに相当時間がかかったが、やがて俺は自分が瞬に恋していることを自覚した。

そうだ。
俺は“死”に恋をしていた。
瞬は俺の恋に気付いていた。
俺が熱烈に、1秒たりとも忘れることがないほど熱烈に、死という名の恋人に恋し続けていたことを。
瞬は俺の恋に気付いていて、そして――?






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