俺は、生きていることと、生きている人間を好きになることを、多分恐れていた。
俺は、完璧な愛だけを求めていた。
何ものにも揺るがない安らぎだけを求めていた。
死によってマーマの愛は、俺にとって揺るぎない確信に変わった。
彼女が生きていたら、それは不完全な愛に変わってしまっていたかもしれない。
マーマでさえ、俺を見捨て裏切ることがあったかもしれない。
だが、“死”が、そんな未来を防いでくれた。
だから、俺は、俺が求める完璧な――つまりは、俺が傷付かない――愛は、死の世界にしかないと信じてしまったんだ。
――実際、そうなんだろうとは思うが。

俺は、与えられること、許されること、完璧な愛で愛されることだけを望み、自分では誰にも何も与えようとせず、許そうとせず、愛そうとしなかった。
そんな俺に、生きていることを楽しめるはずがない。
だから、ますます“死”に恋い焦がれた。

生きていたら俺を失望させたかもしれないマーマ。
死によって完璧な愛の具現になったマーマ。
だから、俺は、彼女の死後、彼女の生前よりも彼女を愛するようになった。
だが、彼女は俺にそんなふうに愛されることを望んでいただろうか。
そして、俺がそんなふうに生きることを望んでいただろうか。
――望んでいたはずがない。

生者の世界には、“絶対”はない。
完璧な愛もない。
だが、そんな世界で、奪われても与え、裏切られても許し、傷付いても愛することを、俺がそんなふうに生きることを、多分彼女は俺に望んでいた。
俺のすべてを許し、俺が望む時に望むだけ与えられ、決して変化せず、永遠――そんな完璧な愛を求めているだけじゃ、俺という存在は何ものも生まない。
俺は本当は、自分が生きることを望んでいたんだろう。
だから、俺は、自分が無であることに耐えられなくなったんだ。

俺は、生まれて初めて、生きているものに恋をした。
生きている瞬に恋をした。
瞬を愛したい。
そして、できるなら、瞬に愛されたい。
俺は完璧な愛を瞬に与えることはできないし、生きている人間である限り、それは瞬も同じだろう。
それでも、俺は瞬が欲しい。

今ならわかる。
“死”に対する俺の熱烈な恋は、生きたいという熱烈な思いと同じものだった。
“死”に焦がれながら、その実 俺は、『生きたい、生きたい』と叫び続けていたんだ。






【next】