「顔をあげろなんて 言うんじゃなかった」 顔をあげたシュンは、たちまち3年生の中心人物の一人になっていった。 人当たりがよく、誰にでも親切で裏表がなく、教養がありウィットに富んだ会話もできる。 その上、成績優秀、あらゆる運動競技を巧みにこなし、家柄も申し分なく、なにより その笑顔。 顔をあげたシュンを無視できるような生徒は、イートン校内にはただの一人もいなかった。 無論、そうなったからといって、シュンがヒョウガたちと疎遠になったわけではないし、むしろ、シュンは以前よりはるかにヒョウガを慕わしく思っている態度を示すようになったのだが、ヒョウガは、自分以外の多くの学友に囲まれて笑っているシュンの姿を見ることが不愉快でならなかった。 あの花のような微笑は、すべての人間とまでは言わないにしても、大多数の人間に対して、自分に及ぼしたのと同じ力を及ぼすに違いない。 そう思わざるを得ないことが、ヒョウガを不愉快にした。 実際、シュンが顔をあげるようになってからこっち、シュンに近付き話しかけようとしていた4、5年生がヒョウガの姿を認めて慌てて立ち去る場面に、ヒョウガは幾度も遭遇していたのである。 「大変結構です。これで『ご子息は楽しい学園生活を過ごしています』と伯爵家にも報告できる。3年後、我が校には新築の近代的な図書館が建つことになるでしょう」 ヒョウガたちから報告を受けるまでもなく、シュンの変身――まさにそれは変身だった――を知っていたムウは、至極満足そうにヒョウガたちの働きを称賛してくれた。 ムウが生徒を褒めることは滅多にない椿事で、それはイートン校の生徒の一人として悦に入っていいことだったのだが、彼に手放しで褒められても、ヒョウガの心は一向に晴れ晴れとしたものにはならなかった。 |