瞬の言葉が途切れる時を待っていたかのように、氷河が瞬の中に入ってくる。
瞬は弓なりに背をのけぞらせ、爪を立てないように気をつけて、氷河の背に両手の指を押しつけた。
「氷河……なに考えてるの」
「おまえは、こんな時にまだ、その話を続けるつもりなのかと、あきれている」
言いながら、氷河は更に瞬の奥に身体を進めてきた。
瞬が息を詰めるようにして、その侵入に耐える。

「だ……って、僕、氷河がわからないと不安なんだもの。わからない人とこんなことしてていいのかって、恐くなる……んっ」
それが まもなく痛みでなくなることを知っているから、その痛みに耐えることもできるのである。
その事実を知らずにいた最初の夜、瞬は氷河の身体を自分から引き離すことしか考えなかった。
「俺がおまえを好きで、おまえなしには生きていけないほど、おまえを必要としていることは事実だ。疑うな」
「それ……は信じてるけど、でも……」
「瞬」

瞬の言葉を、氷河の声が遮る。
意味のある言葉を紡ぎ出すのが つらくなりかけていた瞬は、少し怒気を含んだような氷河の声の響きに、むしろ安堵を覚えた。
これで自分は、疑念を解明するための言葉を探し、理性のある人間の振りを続けなくてもよくなるのだ――と。

「おまえとこうして繋がったまま 動かずにいるのも、結構つらいんだ。おまえは俺に絡みついて締めつけてくるし、このままおまえに一方的にイかされるのは、男としてのプライドに関わる。こんな話はやめよう。痛いか?」
「あ……」
プライド――?
枯葉にも焼きもちを焼く氷河のプライドとはいったいどういうものなのかと問い質したい衝動に、瞬はかられたのである。

とはいえ、それは、氷河に与えられる感覚的で情動的な衝動とは比べ物にならないほど、ささやかな衝動だった。
氷河の真意を探り出すことより、彼自身を受けとめ満足させることで得られる あの大きな歓びこそを、今は切実に欲しい。――と感じる。
その事実を認めることが浅ましいことに思えた瞬は、氷河に許しを与える形で、それを求めた。
「いいよ、動いて」

瞬のその言葉を聞いた氷河が、唇を微笑の形に変えて、瞬にキスをしてくる。
その唇を瞬の耳許に移動させて、彼は囁いた。
「愛してるから、我慢してくれ」
何を我慢しろと、氷河は言っているのか――。
これから彼によって加えられる力が生み出す痛みか、それとも、彼が答えをごまかし続けている訳のわからない振舞い――益のない焼きもちを、なのか。

だが瞬は既に、氷河にそんなことを尋ねられる状態ではなくなっていた。
当然、氷河からの回答も得られない。
氷河が瞬の膝を抱える腕に力を込めて抜き差しを始め、彼との接合がまだ痛みに感じられていた瞬は微かな悲鳴をあげた。
やがて、痛みが熱の感覚に変わり、瞬は何も考えられなくなる
熱がしびれに変わり、最後にそれは瞬の全身を貫き響く快感になった。

どんな振舞いをされても、氷河を疑う気にならないのは、この気が狂うほどの快楽のせいだった。
本来は暴力でしかないこの力を、このまま死んでも構わないと思えるほどの快楽に変換できてしまうほど、自分は氷河を好きなのだということを自覚しているから。
氷河もそれを望んでいることを知っているから、二人の間にある気持ちだけは疑えない。

肉の交わりが 二人の人間の心までを繋ぐわけはなく、肉体の一部が繋がることで、もともと別個の存在である二人の人間が理解し合えるようになるわけもない。
そんなことはわかっている。
これは理解し合うための行為ではなく、許し合うための行為にすぎない。
そして、理解を超えたところにある この行為が、瞬は好きだった。


「氷河って、プライドってもんがないんじゃないか」
星矢の口から『プライド』なる単語が出てきたのは、瞬がそんな夜を過ごした翌日のことだった。
「プライド?」
「プライドがあったら、子供相手に本気で嫉妬心燃やしたりしないだろ」
「そんなことはない……と思うけど」
「そう思う根拠は何だよ?」
星矢にそう問われても、瞬には、自分がそう感じることの根拠を彼に説明することはできなかった。
ただ、氷河は、プライドのありかが他の人間とはどこか違うのだと――瞬はそんな気がした。






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