ラウンジのドアの前に瞬の姿を認めてから、星矢は窓の向こうにある秋の庭の光景に視線を巡らせた。
一輝とその弟の姿は、既にそこから消えていた。
代わりに、氷河の金髪が、一足早い黄葉のように城戸邸の庭を彩っている。
「氷河と一輝は?」
「氷河は、冷たい空気が吸いたいからって庭に出てる。入れ替わりに、一輝兄さんは自分の部屋」
「噴火しそうな頭を冷やすために、氷河も必死なわけだ」
同情に耐えないような顔をした星矢の前をやりすごし、瞬が椅子には腰をおろさず、窓の側に歩み寄る。
そこから見えるものを静かに見詰めて、瞬は微かに微笑んだ。

「氷河にプライドなんてものがあるのかよ」
そんな瞬の肩に向かって、星矢は尋ねた。
瞬が、ゆっくりと仲間の方を振り返る。
「あるよ。氷河のプライドは――氷河は、自分のプライドが高いことを人に知られることをプライドが許さないくらい、プライドが高いんだよ。子供たちや枯葉に焼きもち焼いてみせるのは、ごまかしというか煙幕というか……。氷河は、いろんなことで あんまりプライドが高すぎて、逆にプライドなんか持ち合わせていないって振りをせずにいられないの」

にわかには信じ難い瞬の言。
氷河に最も近い場所にいる瞬だからこそ わかることなのか、氷河に最も近い場所にいる瞬だからこそ、真実が見えなくなっているのか。
遠すぎず近すぎず――氷河と瞬との間に程よい距離を保っている星矢には、瞬の判断が正しいのか間違っているのかを即断することができなかった。

「僕も、今わかった。これまでの氷河の馬鹿げた焼きもちは全部、一輝兄さんが帰ってきた時のための布石だったんだ。子供や枯葉に焼きもちを焼く氷河が、一輝兄さんには嫉妬している素振りをかけらも見せない。そうすることで氷河は、氷河にとって一輝兄さんは 星の子学園の子供たちや枯葉以下の取るに足りない存在だって主張しようとしてたんだよ」
「……」
わかるような わからないような――やはり、星矢には、氷河の考えを完全に理解することはできなかった。
そんな星矢にも、氷河のプライドが屈折しきっていることだけはわかる。

「でも、おまえに全部ばれてるじゃん。全然隠せてない」
「うん……」
そう言って頷いた瞬は、自分では苦笑を浮かべたつもりだったのかもしれない。
しかし、瞬のその表情は、どう見ても苦笑ではなく微笑だった。
それも、ひどく幸せそうな。

隠し通せていない氷河の焼きもちが、瞬の心を捉えているらしい。
本来 焼きもちを焼かれることを喜ぶタイプの人間ではない瞬が、氷河の焼きもちを喜んでいる――のだ。
星矢と紫龍は不思議なものを見る思いで、瞬の微笑む様を見詰めることになったのである。

これが すべて計算づくのことなのだとしたら、氷河は恐ろしく頭がいい。
本能と直感に従っているだけのことなのであれば、氷河は呆れるほど幸運な男である。
星矢と紫龍は、腹の底からそう思った。






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