ともかく、氷河の嫉妬とプライドは、一輝を引きずり落とす方向には働かなかった。
彼のプライドの為せるわざなのか――氷河は、昨年の彼の態度からは想像もできないほどの寛大さを発揮し、一輝と瞬が二人きりになれる時間を意図して作ってやっているようでさえあった。
その夜、一輝と瞬が、
「彼岸には少し遅れたが、明日は二人で母の墓参りに行くつもりだ」
と言い出した時も、氷河は無言で頷いただけだった。
氷河のあまりの大人しさに 一輝が眉をひそめるほど――氷河は彼の中の妬心を抑制しきっていた。


プライドと嫉妬心をエネルギーにして、確かに氷河は懸命の努力を続けたようだった。
翌日、一輝と出掛ける予定だった瞬が、約束の時間になっても自室を出てこない。
まもなく瞬の兄の許には、発熱のため墓参を断念したいという瞬からの伝言がもたらされた。

「久し振りに貴様に会えたのが嬉しくて、興奮して熱が出たらしい。瞬は部屋で横になっている。貴様に『ごめんなさい』と伝えてくれと頼まれた」
その知らせを持ってきたのが氷河だったので、星矢は、この事態に不審の念を抱くことになったのである。
仕方なさそうにソファに腰をおろした瞬の兄と、無表情無感情を装っている氷河に気付かれぬように ラウンジを抜け出して、星矢は瞬の部屋に向かった。

「瞬、熱があるんだって? 大丈夫か? 薬は飲んだか? 医者 呼ぼうか?」
熱があるというのは嘘ではなかったらしい。
ベッドに横になっている瞬の頬はほのかに上気している。
星矢がドアの隙間から顔を覗かせると、瞬は少し慌てたように、小さく横に首を振った。
「だ……大丈夫だよ」
「でも、顔赤いぞ」
「それは……あの……」

口ごもる瞬の瞳が赤味を帯び、潤んでくる。
それが熱のせいではなく羞恥によるものだということを、星矢はすぐに知ることになった。
「た……立てないんだ……。どうしても、あの……下半身に力が入らなくて」
「……!」
それだけで、星矢はすべてを理解したのである。

氷河は嫉妬とプライドを己れの恋のエネルギーにして、昨夜懸命に頑張ったのだ。
瞬と一輝の外出を阻止すべく。
あるいは、彼には二人の邪魔をするつもりはなく、必死に抑え込んでいた嫉妬が、瞬と二人きりになった途端に噴出してしまっただけなのかもしれなかったが、ともかく結果として氷河は、瞬が自分以外の男と外出する事態を見事に阻止してのけたのである。

「男の嫉妬 恐るべし、だな」
仮にもアテナの聖闘士である瞬を立ちあがれなくしてしまうほど、それは強大な力を持つものであるらしい。
人類というものは、本当にこんなふうにして進歩発展していくものなのだろうか。
星矢は、人類の未来に多大なる不安を覚えないわけにはいかなかった。






Fin.






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