混乱と怒りと妬ましさを、俺は“氷河”に対して感じていた。
そんな感情を抱くということは、つまり俺は、瞬のことを全く憶えていないにも関わらず――言うなれば、その存在を初めて知ったばかりの状態だというのに――瞬に好意を抱き始めていたんだろう。
瞬を忘れてしまった俺を 瞬がどう思っているのかが、俺は気になって仕方がなかった。
つまり、俺が、再び“瞬の氷河”になり得る人間なのかどうか――が。

俺は、“氷河”なんて奴みたいに図々しくもなければ身の程知らずでもない。
『君を忘れてしまったことを許し、もう一度俺を愛してくれ』と瞬に懇願する厚顔は、俺には備わっていない美徳だった。
だがもし あの瞬が“氷河”を愛していたように俺を愛してくれたらどんなにいいか――そんな見果てぬ夢を見ながら、俺は自分の部屋に戻った。

そこに瞬がいた。
瞬は、俺のベッドに身体を横たえていて――まるで、そこにいない“氷河”に寄り添うように身体を横たえていて――そして氷河の名を呼んでいた――?

「瞬……?」
ドアの開く音と俺の声と、そのどちらが瞬をより驚かせたのかは わからない。
ともかく瞬は、俺の姿に気付くとすぐに俺のベッドの上で身体を起こし、そして、その瞳から零れていたものを慌てて拭い去った。

「あ……あの、ごめんなさい、あの……」
他に何をいえばいいのか わからなかったのだろう。
瞬はそのまま俺のベッドの上で顔を俯かせてしまった。
俺は咄嗟に言葉が出てこなかった。

星矢たちの話が本当なら、瞬はここで幾度も“氷河”と そういう行為に及んでいたわけで――つまり瞬は“氷河”を求めて ここにやってきたんだろうか。
本当に、この清純そうな子がとそんなことをしていたのか?
だとしても、瞬の瞳と涙は綺麗に透き通っていて、浅ましさや欲望めいたものは微塵も感じられなくて、俺は、だから、わけがわからなくなった。
瞬の様子からは、清潔、清廉潔白、清純――そんな印象しか受けないのに、そんな言葉しか思い浮かばないのに、瞬はそんな言葉とは対極に位置するものを求めている――んだろう。

いったい瞬はどういう人間なのか――。
思い出せないことに、俺は尋常でない焦りを感じていた。
思い出せさえすれば、俺は、涙に暮れている瞬を抱きしめてやることができるかもしれないのに、だというのに、俺はどうしても瞬を思い出すことができないんだ。






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