「だそうだぞ、氷河」 アテナの決定は瞬く間に聖域中に広まり、それは当然青銅聖闘士たちの耳にも入った。 知らせを持ってきた星矢の言を、紫龍がそのまま氷河に放り投げる。 飛んできたボールを、だが、氷河は受け止めようともしなかった。 「なぜ、俺に向かってそれを言う」 「いや、瞬にいいとこ見せるチャンスだし、頑張るかと思ってさ。なんだよ、おまえ、参加するつもりねーの?」 全く乗り気でなさそうな氷河の態度に、星矢は拍子抜けしたような顔になった。 氷河が、そんな星矢を鼻で笑う。 「馬鹿らしい。そんなものに出て優勝したところで、俺に何の益があるというだ。俺は、瞬にとってだけ最高の男であればいいんだ。聖域一だの世界一だの、そんな肩書きを貰ったって、瞬がその肩書きに価値を見い出してくれないのなら何の意味もない。そして、瞬はそんな肩書きに価値を見い出す人間じゃない」 「おまえにしては実に賢明な判断だ」 紫龍が、氷河の言葉に感心したように頷く。 実際に彼は、実に真っ当な氷河の意見に心から感心していたのだが、だからと言って、彼が氷河の分別を歓迎していたかというと、決してそういうわけではなかった。 アテナほどではないにしても、彼もまた、打ち続く平和の時に飽き飽きしていたのである。 せっかくアテナが馬鹿げた退屈しのぎを考案してくれたのだ。 紫龍としては、できれば氷河には アテナに輪をかけて馬鹿馬鹿しいことをしてもらい、少しでもこの退屈を忘れさせてほしかったのである。 「で? 黄金聖闘士たちは皆 張り切っているわけか?」 氷河が思いきり馬鹿にした口調で、仲間たちに尋ねる。 星矢と紫龍は、ここで嘘をつくわけにもいかないので、正直に質問者に頷き返した。 「彼等はおまえほど賢明ではないらしい」 黄金聖闘士たちを利口だと思ったことはないが、氷河を賢明だと思ったことは更にない。 そう言ってしまってから、紫龍は自分の発した言葉に尋常でない違和感を覚えることになったのだった。 「じゃあ、馬鹿共の見物に行くとするか。瞬ー、面白い見世物があるらしいぞー!」 瞬は最近、青銅聖闘士たちが聖域に来た時、彼等の仮の宿舎にしている教皇の間のある建物の各部屋の床磨きを趣味にしていた。 戦いのない時間に そして、態度や言葉に出すことはなくても、それは瞬も同じだったらしい。 氷河のお誘いの声を聞くと、瞬は光速の動きでもってモップを放棄し、氷河の許に飛んできた。 「どこに面白い見世物があるの?」 瞬に問われた氷河が、石で囲むことによって作られている窓から、教皇の間のある建物より更に高台にあるアテナ神殿を視線で示す。 「わ、楽しみ」 素直かつ正直に期待に瞳を輝かせた瞬を見て、星矢と紫龍は自らの考えを改めたのである。 確かに、面白い見世物は氷河によって催されなければならないという決まりはない。 そして、聖域の黄金聖闘士たちは、その点に関しては氷河に勝るとも劣らない才能の持ち主たちなのだ。 それが12人も集まったらなら、さぞかし楽しい馬鹿騒ぎを起こしてくれるに違いない。 そう考えた青銅聖闘士たちは、期待を胸に抱いて教皇の間のある建物を出、ぞろぞろとアテナ神殿に向かって歩き出した。 |