そういう経緯で ぞろぞろと連れだってアテナ神殿に向かった青銅聖闘士たち。 彼等は、教皇の間とアテナ神殿を繋ぐ石段の途中で、やはり ぞろぞろと連れだって石段を下りてきた黄金聖闘士の行列に出くわすことになった。 平服ではなく黄金聖衣を身につけているところを見ると、彼等はアテナとの謁見のためにアテナ神殿に向かい、そして帰ってきたところであるらしい。 彼等は、揃いも揃って浮かぬ表情の顔を、その肩の上に載せていた。 「? アテナカップとやらにノミネートしに行ったんじゃなかったのか? さては書類審査で落とされたか」 黄金聖闘士たちは いずれ劣らぬ曲者揃い。 そして彼等は、皆が皆、相当の自信家である。 アテナ杯美男子コンテスト開催に向けてさぞや意気込んでいるものと思っていた黄金聖闘士たちが全員、闘志も覇気もない表情を浮かべていることを訝って、氷河は彼等に尋ねた。 「馬鹿を言うな。我々が書類審査で落とされていたら、アテナカップにノミネートできる人間など、この世界のどこにもいないことになる」 氷河の失礼千万な物言いに苛立ちが増したらしい。蠍座の黄金聖闘士の口調は、明確に不機嫌だった。 「では、なぜ」 「人間は受け付けていないそうだ」 かつては教皇の間の主だった男が、紫龍の問いに答えてくる。 彼もまた平静を装おうとして装いきれていない声と表情を、その身に装着していた。 「なに?」 「アテナがおっしゃるには、ギリシャの神々の中で最も卓越した神である自分が主催するイベントは、世界が争乱の巷となるほどの大イベントでなければならないとかで」 「つまり、人間ではなく神々の中でいちばんの美男子を決めるイベントにするのだそうだ、アテナカップは」 「戦いの女神アテナの誇りにかけて、争いの女神エリスよりもスケールの大きいことをしなければならないと息巻いていましたよ」 「聖闘士たちの間で美貌を競わせても、小さな小競り合いが起こるだけで詰まらないとも言っておられた」 他の追随を許さない傑出した力を持っているといっても、黄金聖闘士たちは一応(所詮は)人間である。 神を対抗要件に出されては、さすがの黄金聖闘士たちも引き下がらざるを得なかったのだろうが、その事実を不愉快と感じる程度には、彼等のプライドは高く、また傷付きもしたらしい。 なにしろ彼等にとってギリシャの神々とは、聖闘士の中でも最も低い位の青銅聖闘士たちにも敗れ去るレベルの者たち――なのだ(アテナは除くにしても)。 それはともかく。 「争いの女神より――とは……」 黄金聖闘士たちの説明を聞かされた紫龍が、おもむろに顔を歪める。 アテナが引き合いに出した“争いの女神エリスが主催したイベント”――とは、もちろん、いわゆる黄金のリンゴ事件、その余波を食って勃発したトロイア戦争のこと――だろう。 それ以上のスケールの大イベントを開催するということは、つまり、それ以上の争乱を地上に引き起こすということなのだ。 ペレウスとテティスの婚礼の祝宴に招かれなかった争いの女神エリスは、その祝宴の席に、『最も美しい女神へ』と書かれた黄金のリンゴを投げ込んだ。 そのリンゴの所有権を主張したのが、知恵と戦いの女神アテナ、神々の女王ヘラ、愛と美の女神アフロディーテの三柱である。 女神たちの争いの判定者として選ばれたトロイアの王子パリスは、富と権力を与えようと言ったヘラと、戦いでの勝利を約束しようと言ったアテナを退け、世界一の美女を与えると告げたアフロディーテを、黄金のリンゴの所有者として選んだ。 この時、愛と美の女神アフロディーテがパリスに与えると約束した世界一の美女が、スパルタ王メネラオスの妻ヘレネーである。 ヘレネーは夫を捨て、パリスと共に共にスパルタを出奔、パリスの故国トロイアへと向かう。 かくして、ヘレネーを取り戻そうとするギリシャ連合軍とトロイア王国軍の10年の長きに渡る戦いが始まったのである。 ギリシャの英雄たちをことごとく冥界の住人にしてしまったトロイア戦争。 アテナは、それ以上の大イベントを目論んでいる――というのだ。 青銅聖闘士たちの頬から一斉に血の気が引いたのも無理からぬことだった。 「……嫌な予感がする」 最初に呟いたのは氷河だった。 「俺も」 「右に同じく」 その氷河に、紫龍と星矢が同意する。 「そんな……。沙織さんにはきっと何か深い考えがあるんだよ――」 瞬だけはアテナの計画を好意的に受け取ろうと努力する素振りを見せたが、それはつまり、努力しなければアテナの計画は好意的に受け取り難いものである――ということだった。 かくして、氷河と紫龍と星矢、そしてもちろん瞬も、それまで物見遊山のつもりでのんびり上ってきた石段を全速力で駆け上がることになったのである。 |