アテナ神殿の広間の中央には仰々しい大理石の石壇が置かれ、その上には、『最も美しい男神へ』と書かれたプラチナ製のリンゴが鎮座ましましていた。 そのリンゴを見た途端、青銅聖闘士たちの腰が砕ける。 「沙織さん、なんだよ、これ〜」 情けない声を神殿の広間に響かせたのは天馬座の聖闘士で、彼の疑念に得意げに答えを与えたのは、もちろん知恵と戦いの女神アテナだった。 「見てわからない? プラチナのリンゴよ。今プラチナの値が上がってきているのよね。黄金なんか目じゃないわ。グラム6000円は超えているもの」 アテナが、妙なところでグラード財団総帥――つまりは俗世の経済人――の顔を覗かせて、言う。 しかし、青銅聖闘士たちがアテナに教示願いたかったことは、現在のプラチナの市場相場などではなかったのだ。 「オリュンポス十二神に数えられる知恵と戦いの女神ともあろうものが、二流神エリスの二番煎じですか。独創性がないというか何というか」 「独創性より意外性よ。そして、その二つは同じものではないわ」 知恵の女神は、知恵の女神らしい理屈を返してきた。 論理学上、言葉の上では間違いはないが、それならばせめて プラチナの実物大スイカを作るほどの豪気と意外性を示してほしかったと、青銅聖闘士たちは心密かに思ったのである。 「こんな計画に乗ってくる神がいるとは思えない――思いたくないんだが」 「あら、ポセイドンとアポロンとハーデスが既に名乗りをあげているわよ」 「……」 表向きは絶句、胸中は『うわあ〜』の阿鼻叫喚。 かつての敵たちの名を羅列され、青銅聖闘士たちは一瞬本気で死にたくなった。 こんな話に乗る神々を相手に 自分たちは命を懸けた戦いを繰り広げてきたのだと思うと、彼等は、彼等のこれまでの戦いに虚無感を覚えずにはいられなかったのである。 「お……黄金のリンゴの時の判定者はトロイアの王子パリスでしたが、今度はスパルタ王妃ヘレネーでも引っ張り出すつもりですか」 脱力感に打ちのめされながら、紫龍がアテナにお伺いを立てる。 さすがは、幾度も死の淵をさまよい、そのたびに生き返ってきた龍座の聖闘士――と言うべきなのだろう。 アテナは、彼の不屈の精神に、あまり感動した様子を見せてはくれなかったが。 「さすがにそんな大昔に死んだ人間を引っ張ってくるわけにはいかないでしょ。今回のアテナカップの判定は、天と地の狭間に輝きを誇る美の戦士に委ねるつもりよ」 「アフロディーテに?」 青銅聖闘士たちはアテナの人選を怪訝に思ったのだが、彼等はやがて得心した。 これはアテナの皮肉なのだろう――と。 黄金のリンゴを巡る戦いで、アテナとヘラは愛と美の女神アフロディーテに敗れた。 三柱の女神たちの争いの勝利者と同じ名――つまりは因縁の名――を持つ聖闘士に その判定を委ねることは、おそらくアテナなりの壮大な皮肉、嫌味、嫌がらせ、そして当てこすり――なのだ。 だが、それは何に対して、誰に対しての当てこすりなのか。 考えても、青銅聖闘士たちにアテナの当てこすりの相手の姿は見えてこなかった。 当然、彼等にはアテナの意図も理解できない。 そんなふうに何もかもが曖昧模糊とした状況で、アテナの壮大な二番煎じイベントは、いよいよ開戦の時を迎えたのである。 |