神というものは二番煎じが好きなのか。
あるいは、それは神々の伝統、式次第の決まった儀式と呼ぶべきものなのか。
本来は自分自身が戦いに挑み 勝利者となりたかったのだろう男を判定者とした、第一回アテナ杯美男子コンテスト――アテナカップ。
戦いの場となったアテナ神殿の広間に集った3人の競争者たちは、そこでまさしく“お約束通り”としか言いようのないことをしでかしてくれたのである。
すなわち。
彼等は、黄金のリンゴを巡る戦いの例にならって、実に堂々とした態度で、戦いの判定者である魚座の黄金聖闘士の買収行為にとりかかったのだ。

ポセイドンは、神々の女王ヘラと同じように富と権力を、アポロンは、女神アテナと同じように戦いでの勝利を、自分を最も美しい神として選ぶことの代償として与えようと、魚座の黄金聖闘士に話を持ちかけたのである。
青銅聖闘士たちが神々の芸のなさに呆れる中、最後に冥府の王がアフロディーテに音もなく近付く。
そして、彼は魚座の黄金聖闘士に ひそりと耳打ちをした。

当然 彼は、愛と美の女神と同じように『世界一の美女を与える』と魚座の黄金聖闘士に囁いた。
――と、青銅聖闘士たちは思った。
ポセイドンとアポロンの芸のなさを見せられた直後だっただけに、ハーデス一人が神々の伝統に逆らうという可能性が、青銅聖闘士たちには考えられなかったのだ。

事実、ハーデスは、彼を最も美しい神として選ぶことの代償に 人間を一人与えることをアフロディーテに確約した。
しかし、彼が魚座の黄金聖闘士に与えることを約束した人間は“世界一の美女”ではなかったのだ。
彼は、アフロディーテの耳許で、
「この世で最も清らかな人間を、その命ごと、そなたに与えよう」
と囁いたのである。
「そなたは、十二宮での戦いでアンドロメダの聖闘士に屈辱的な敗北を喫したそうではないか。色々と思うところがあるのではないか?」
――と。

黄金のリンゴを巡る女神たちの争いの際、パリスが戦いでの勝利や権力より 世界一の美女を選んだことは愚かな選択と思われるむきがある。
が、それこそは愚かな考えというもの。
戦いでの勝利や権力は努力でどうにかなるものだが、恋はそうはいかない。
恋ではないにしても、人をひとり自分のものにするということは努力で成し遂げられることではないのだ。
なぜなら、人は 他からの力では容易に動かすことのできない心というものを持った存在であるから。

“賢明な”アフロディーテは、一も二もなくハーデスを選んだ。
そして、ハーデスの勝利の哄笑が木霊するアテナ神殿を無言で立ち去った。
魚座の黄金聖闘士が、聖域から、アテナから、仲間たちから逃げるように、瞬を連れて彼の修行地であるグリーンランドに出奔したことを、瞬の仲間たちが知ったのは翌日のこと。
氷河が怒り心頭に発したことは言うまでもない。






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