席を暖める暇もなく紫龍の下宿を辞去した瞬は、帰宅するなり自室に飛び込んだ。 どこをどういうふうに辿って帰ってきたのか、その記憶も曖昧で、筋道だったことを考えることができないほど、瞬は混乱していた。 机の上に、氷河の詩集が置かれている。 「僕は馬鹿だ……。苦しい思いをするだけだっていうのに、毎日毎日読み返して」 詩集の表紙に手を置き、自虐的に瞬は呟いた。 その詩集に収められているすべての詩を、瞬はそらんじることができた。 詩集のページを開く必要は既にないというのに、いっそ視界に入らないところに片付けてしまえばいいと思うのに、そうすることができない。 まるで苦しい恋に酔うことを欲しているかのように、瞬は毎日その詩集を手に取っていた。 最近の瞬は氷河の詩集の表紙に触れるだけで軽い目眩いを覚えるようになっていて――今日もその本に触れた途端、瞬は激しい目眩いに襲われた。 それが目眩いでないと気付いた時、遠くで何かが爆発したような音が響き、書棚が勢いよく瞬に向かって倒れてきたのである。 大正12年(1923)9月1日午前11時58分。 神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として発生した大地震が関東を襲った。 |