神様はとても忙しい。 本当にとても忙しいのです。 なにしろ、毎日地上に人間の子供として生まれていく赤ちゃんたちに1つずつ心を与えて、その子の幸福を祈ってやらなければならないのですから。 その数が、1日に何万、何十万とあるのですから、神様の忙しさには想像を絶するものがあります。 人間の世界に生まれる前、天の国にいる時、人間の赤ちゃんたちは天使とあまり変わりありません。 ですが、神様に心を与えられて人間の子供として地上に下りていった そのあとは、いい人間になるのも悪い人間になるのも、その子供次第。 幸福になるのも不幸になるのも、その子次第。 神様は、人間の子供に祝福と共に自由を与えて、彼等を人間界に送り出すのです。 そんなふうに大忙しの神様は、ですから、気付くのが遅れてしまったのでしょう。 いたずらな天使が、ある一人の子供の中に男の子の心と女の子の心を入れてしまったことに。 神様がその重大なミスに気付いた時にはもう、その子供が地上に下りていってから15年近い年月が過ぎていました。 神様は、大慌てで、その とんでもないいたずらをした天使を地上にお遣わしになったのです。 間違って入れられた2つの心のうちの1つを取り戻してくるように、きつく命じて。 「その使命を果たすまでは、天の国には入れないものと思え」 いたずら天使から天使の羽を取り上げ、代わりに、2つの心を持って地上に下りていった子供と同じ15歳の人間の姿を与えて、神様はその天使を人間の世界に送り出したのです。 問題は、そのいたずら天使(星矢という名でした)。 天の国から追い出された星矢は、平和で争い事のない天の国より、日々色んなことが起こる人間界での生活がすっかり気に入ってしまったのです。 2つの心を持つことになってしまった子から心を取り戻すのは後まわしにして、しばらく刺激に満ちた人間界での暮らしを楽しもうなんてことを考えて、それはもうノンキそのもの。 15歳といえば、そろそろ恋を知るお年頃。 神様はとても焦っていたのですけれどね。 男の子の心と女の子の心。 2つの心を持った問題の赤ちゃんは、シルバーランドという、とても小さくて、でもとても美しい国の王子様として健やかに育っていました。 男の子の心と女の子の心の両方を持っているせいか、どんな人の心も思い遣ることのできる とても心優しい王子様になっていたのです。 名前を瞬王子様といいました。 心と身体がどう関係し合うものなのかはわかりませんが、瞬王子様は女の子のように可愛らしい顔立ちと華奢な肢体の持ち主でした。 そして、それは瞬王子のコンプレックスにもなっていました。 シルバーランドは瞬王子のお兄様が王様をしていて、瞬王子は、お兄様をとても敬愛していました。 瞬王子のお兄様は、その外見も心も大変男らしい王様でしたので、瞬王子は毎日、お兄様のように男らしい王子様になりたいと思っていたのです。 瞬王子の15歳の誕生日が迫ったある日のことでした。 15歳になったら、お兄様のように強くたくましい王子様になれるかと夢見ている瞬王子の許に、やっといたずら天使の星矢が到着したのは。 天使というのは、どんなにいたずらな天使でも善良な心を持っています。 そこが人間とは違うところ。 天使には、人間と違って、悪人になる自由は与えられていないのです。 瞬王子は優しくて清らかな心の持ち主でしたから、いたずら天使の星矢から事情を聞かされても、彼のいたずらを責めたりはしませんでした。 二人はすぐに、とても仲の良い友だち同士になったのです。 「うん。俺、まだしばらくは人間界にいるつもりだけど、でもいつかは2つの心のうちのどっちかを返してもらわないとなー」 「どっちかって、どっちを?」 「どっちでもいいって、神様は言ってた。ミスを犯して迷惑をかけたのは天の国の方だから、選択の権利は瞬に与えるってさ。神様は女の子の心の方を返してもらいたがってるみたいだったけど」 「そうなの……」 ノンキな星矢にノンキな口調でそう言われ、瞬王子はとても悩むことになりました。 だって、瞬王子は、生まれた時からずっと男の子の心と女の子の心の両方を持って生きてきたのです。 2つの心があることに慣れていて、自分が 心を1つしか持っていない人たちと違うなんて感じたこともなかったのです。 2つの心のうちのどちらかを星矢に返してしまったら、自分はこれまでの自分と違う自分になってしまうのかもしれない――そう考えると、瞬王子はなかなか決心かつかなかったのです。 瞬王子でなくても不安になるでしょう。自分がこれまでの自分と違う自分になってしまうかもしれないなんて。 ですから、星矢が自分の使命を早く果たしたいと思っていないのを幸い、瞬王子はその決意を先延ばしにしていたのでした。 そんなある日のことでした。 隣国のゴールドランドの王子様がシルバーランドを表敬訪問にやってきたのは。 その時、瞬王子のお兄様である王様は、大規模な金の鉱脈が見付かったというので、シルバーランド領海内にあるデスクィーン島という島に視察に出掛けていて留守でした。 ゴールドランドは、その名の通り、世界でいちばんの金の産出国。 シルバーランドで大きな金の鉱脈が見付かったという噂を聞いて、ゴールドランドの王子様は金の値崩れを防ぐための話し合いをするために、小国のシルバーランドまでやってきたのです。 表向きは、そういうことになっていました。 事実は、ちょっとだけ違っていましたけれど。 実は、シルバーランドにはとても欲深な大臣がいて、彼はこの機会に大金持ちのゴールドランドの未来の国王と繋がりを持ちたいと考えていたらしいのです。 欲深大臣は、ですから、わざわざ王様が王宮を留守にしている時を狙ってゴールドランドの王子様をシルバーランドに招待したのです。 ゴールドランドの王子様は、お城にシルバーランドの王様がいないことを知ると、王様が帰ってくるまでシルバーランドに滞在したいと申し出て、欲深大臣はもちろんその申し出を快諾しました。 王様が帰ってくる予定はずっと先でしたし、善人でも悪人でも、人と人が信頼関係(?)を築くのには時間がかかるものですからね。 欲深大臣には時間が必要だったのです。 ゴールドランドからやってきた王子様は、氷河王子様というお名前の、とても凛々しい王子様でした。 |