ところで、シルバーランドの欲深大臣は、お城に勤めている侍女たちに大層嫌われていました。 女の子というものは、自分と家計を1つにしている者以外の人間のケチをとても嫌うようにできているもの。 そして、欲深大臣はとてもケチな人間だったのです。 ですが、そんな侍女たちも、今回ばかりは欲深大臣の決定に大喜び。 なにしろ氷河王子さまは凛々しい上に大変美しい王子様でしたので、氷河王子様の登場に王宮の女の子たちは皆色めきたったのです。 シルバーランドの王子様は、とても優しくて とても可愛らしい王子様でしたが、その……あまり凛々しいとは言い難い王子様でしたからね。 侍女たちが氷河王子の来訪と長期滞在を喜んだのには、それが ちょうど瞬王子の15歳の誕生日が間近に迫っている時期だった――という事情もあったでしょう。 瞬王子の15歳の誕生日のお祝いの日に王様が不在の分、氷河王子がいればお祝いパーティも華やかに盛り上がるというもの。 王宮の侍女たちは、優しくて可愛らしい瞬王子が大好きでした。 ただ、瞬王子は――何度も言いますが――女の子の心を持っているせいか、あまり男らしい王子様ではなかったので、彼女たちは瞬王子をお友だち感覚で大好きだったのです。 その点、氷河王子は男の心だけを持った正統派の王子様。 彼女たちが氷河王子にきゃーきゃー言うのは仕方のないことだったかもしれません。 瞬王子はといえば。 瞬王子は、男らしい王様がどういうものなのかは、お兄様を見て知っていましたが、男らしい王子様というのは見たことがなかったので、わりと氷河王子とお話できることを、これまたとても楽しみにしていたのです。 “男らしい王子様”は瞬王子の目標ですから、そういう王子様を直接知る機会があれば、お手本にできますからね。 ですから、瞬王子は、ご自分の15歳のお誕生日のお祝いの日、氷河王子に馬鹿にされないよう、きっちりと王子様の衣装に身を包んで、少し緊張した面持ちでお祝いの席に臨んだのです。 「瞬王子様、お誕生日おめでとうございます!」 お城にいるみんなのお祝いの言葉で、瞬王子のお誕生日パーティは始まりました。 シルバーランド国内の大貴族や重臣たちの祝辞が済むと、まもなく、お祝いの席は無礼講になりました。 シルバーランドは小さな国ですから、堅苦しい儀式や儀礼はあまりないのです。 それに、今日はお祝いの席ですから、硬いことは言いっこなし。 瞬王子に氷河王子を引き会わせ紹介してくれたのは、氷河王子をシルバーランドに招待した例の欲深大臣でした。 そして、氷河王子は、瞬王子の顔を見るなり、 「ああ、君が女の子より綺麗だと噂に高い瞬王子サマ」 と、珍しい動物でも見るように――というより、なんだか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言ったのです。 氷河王子の最初の言葉は、瞬王子にとってはあまり嬉しくない言葉でした。 別に『男らしい王子様』なんて言ってもらえると思っていたわけではありませんけれど、氷河王子にそう言われた瞬王子がちょっとがっかりしてしまったのは、紛れもない事実だったのです。 瞬王子をしばらくじっと見詰めていた氷河王子は、やがて僅かにその顔を歪め、おもむろに口を開きました。 「なるほど、噂に 多分、それは褒め言葉なのでしょう。 でも、氷河王子の口調や眼差しは、なんだか棘があるような、まるで盗人を見るような、そんなふうなものだったのです。 これまで 人にそんな態度を示されたことが一度もなかった瞬王子は、自分が氷河王子の前にいることを ひどく居心地悪く感じました。 と同時に、瞬王子は、黄金より輝く金色の髪と綺麗な青い目を持ち、とても整った顔立ちをしている氷河王子の方が、自分よりずっと綺麗だと思ったのです。 自分より綺麗だと感じる人に『綺麗』と言われることは――言われたことがある人にはわかるでしょうが――少し複雑な気持ちになることです。 彼(彼女)はどういうつもりでそんなことを言っているのかと、人はつい考えてしまうのです。 いえ、もしかしたら、瞬王子はやっぱり、『男らしい王子様』は無理としても、お世辞でも『凛々しい王子様』とか『立派な王子様』と氷河王子に言ってもらいたかったのかもしれません。 褒め言葉というものは、相手が褒めてもらいたいと思っているところを的確に褒めるのでなければ、往々にしてあまり良い結果をもたらさないもの。 瞬王子は氷河王子に悪感情は持ちませんでしたが、瞬王子が彼との出会いに落胆したのは事実でした。 それに、何と言っても彼は欲深大臣に招待されてシルバーランドにやってきた人物。 油断はなりませんからね。 ともかく、そんなふうに、瞬王子と氷河王子の出会いは、あまり幸運な出会いではありませんでした。 「ありがとうございます。楽しんでいってくださいね」 氷河王子の横に立っている欲深大臣をちらりと横目で一瞥すると、瞬王子はそれだけ言って、そそくさと氷河王子の側を離れたのでした。 瞬王子が氷河王子の側を離れると、その時を待ちかねていたように、王宮の侍女たちがきゃーきゃー言いながら氷河王子の周りに群がり始めます。 氷河王子の横にいた欲深大臣は、彼女たちの勢いに負けて、どこかに吹き飛ばされてしまいました。 「氷河王子様、しばらく王宮にいてくださるんですってー!」 いつも元気な王宮の侍女たちは、今日は特に元気にはしゃいでいるようでした。 初登場の異国の王子様に、みんな 大興奮です。 瞬王子だって、いつもはたくさんの女の子たちに囲まれていました。 まるで女の子同士で作る お友だちサークルの中にいるみたいに。 でも、氷河王子に群がっていく女の子たちは、瞬王子の周りにいる時とは、目の色が違っていました。 瞬王子は、氷河王子が彼女たちに押し潰されてしまうのではないかと、少しだけ心配になったのです。 ですが、氷河王子が欲深大臣と密談しているよりは、氷河王子が女の子たちに囲まれて身動きがとれずにいる方がずっと安心。 一通り挨拶が済むと、瞬王子は大ホールの脇にある休憩室に移動し、椅子に腰掛けてほうっと溜め息を洩らしました。 自分より綺麗な王子様に『綺麗』と褒められるのは嬉しくありません。 氷河王子が欲深大臣の招きで、この国に来たというのも気掛かりです。 でも、氷河王子がとても凛々しく立派な王子様なのは確かな事実で、瞬王子はそんな氷河王子が羨ましくてなりませんでした。 同じ『綺麗』でも、氷河王子のような『綺麗』だったら どんなによかっただろうと、瞬王子はそう思わずにはいられなかったのです。 「いいなぁ……。僕も女の子の心を星矢に返したら、あんなふうにカッコいい王子様になれるのかなぁ」 と、瞬王子が独り言を呟いた時でした。 「それはどうかなー。瞬は争い事が嫌いで、優しいのが身についちまってるから」 いたずら天使の星矢が、どこからともなく現われて、瞬王子にそう言ったのは。 天使は神出鬼没なのです。 どこからちょろまかしてきたのか、星矢の手には ほかほかのローストチキンが握られていました。 「争い事が嫌いなのは、女の子の心が僕の中にあるからなんじゃないの? 女の子の心がなくなったら、僕は――」 争い事が大好きな男の子になってしまうのでしょうか。 瞬王子は、凛々しい王子様にはなりたかったのですが、乱暴な男の子にはなりたくありませんでした。 そういうことも――瞬王子に2つの心のうちの1つを返却する決意をためらわせる原因の1つだったのです。 「俺もよくわかんないけどさ。男の心を持ってても、おっとりした優しい奴はいるし、女の心を持ってても気の強い子はいるだろ」 「うん」 「だから、どっちの心が人をどんなふうにするのかってことは、簡単には言えないんだよ。でも、ま、将来はともかく今は、瞬は女の子みたいに大人しい王子様だって思われてた方が都合いいじゃん。リボンの騎士の正体もばれにくいし」 「そうだけど……」 「なら、しばらくは、男の心と女の心の両方を持ってた方が……あ、やば」 星矢の姿が その場からふっと消えたのは、パーティのメイン会場になっている大ホールの方から、瞬王子のいる休憩室の方に誰かがやってくる気配がしたからです。 瞬王子は、慌てて、ずっと一人でそこにいたふうを装いました。 星矢のことは、誰にも秘密なのです。 |