休憩室にやってきたのは、氷河王子に群がっていた王宮の侍女たちでした。 いったい何があったのか、彼女たちは一様に口をとがらせ、ぷんぷんしています。 「もう、あの氷河王子様ときたら、何様のつもりなの!」 「そりゃ、王子様のつもりでしょ」 「でも、王子様ってのは普通はねー!」 「氷河王子がどうかしたの?」 どやどやと休憩室に入ってきた侍女たちに、素知らぬ顔で瞬王子は尋ねたのです。 そこに瞬王子がいることに気付くと、彼女たちは声を抑えるどころか逆に大声になって、瞬王子が掛けている椅子の周りに どっと集まってきたのです。 「王子様、聞いてください! あの氷河王子様ったらひどいんですよ!」 「私たち、王子様っていうのは誰でも、瞬王子様みたいに女の子に優しいんだと思ってましたわ!」 「なのに、あの氷河王子様ときたら、私たちがにっこり笑って迫っていっても愛想笑いの一つも見せてくれずに、素っ気なくて!」 「なんて話しかけていっても、面倒くさそうにしてるだけで」 「その上、あの仏頂面!」 「ちょっとカッコいいからって、うぬぼれてるんだわ。さすがは魔女の息子!」 「魔女の息子って……」 どうやら、氷河王子は女の子に親切なタイプの王子様ではないらしく、彼女たちのご機嫌を損ねてしまったようでした。 それにしても、『魔女の息子』というのは、ただごとではない言いようです。 侍女たちの悪口雑言に、瞬王子は眉根をひそめてしまいました。 「噂ですわ。氷河王子様の亡くなったお母様というのが、すっごい美人だったそうなんです。ゴールドランドの王様をたぶらかした魔女だと言われるくらいの絶世の美女」 あの氷河王子のお母様なら、それはさぞかし美しい女性だったのでしょう。 でも、そんなことくらいで――と、瞬王子が思った時、別の侍女が瞬王子の耳許に、さすがに声をひそめて囁いてきました。 「氷河王子様には妹君がいるそうなんですけど、その姫君も おかしいんですって」 「お人形みたいに綺麗な姫君らしいんですが、お人形みたいに、生まれてから一度も口をきいたこともないんだそうですよ。魔法で作ったお人形だからっていう噂ですわ」 「だから、氷河王子様もあんなに綺麗で、傲慢で!」 「はしゃいで騒ぎすぎた私たちが鬱陶しかったのかもしれないけど、だからって、『この国には王子より綺麗な娘がいないようだ』なんて、事実にしても口にしないのが礼儀ってものでしょう。なのに、あの王子様ときたら!」 「氷河王子がそんなこと言ったの……」 侍女たちの訴えを聞いて、瞬王子は目を丸くしてしまいました。 まとわりつく女の子たちを追い払うために わざとそんな意地の悪いことを言ったのだとしたら、氷河王子の目論見は確かに成功したことになるでしょう。 ですが、『口は災いの元』を地でいっているような氷河王子の言葉に、瞬王子は嘆息せずにはいられなかったのです。 大国の王子様で、あんなに綺麗だと、人の心を思い遣ることができなくなってしまうのでしょうか。 激怒している侍女たちの激怒が、半分は“振り”なことだけが不幸中の幸いでした。 美しさを比較される瞬王子が男の子なので、彼女たちは『瞬王子以下』と言われても、そんなに本気で怒ることはしないのです。 その上、はしゃいで騒動を起こすたび、女官長に『瞬王子を見習え』と注意されることが多かったので、彼女たちはそういう言い方をされることに慣れているのでした。 いずれにしても、ちょっと口が悪いくらいのことで“魔女の息子”呼ばわりされるのは あまりに気の毒だと、瞬王子は思いました。 「それは根も葉もない噂でしょう? そんなひどいこと言っちゃ駄目だよ」 瞬王子にたしなめられた侍女の一人が口をとがらせます。 「あら、瞬王子様だって、何だか氷河王子様と揉めていたみたいでしたけど。いつもは誰にでも親しくお声をかけていく瞬王子様が、氷河王子様には何だか素っ気なくて」 「それは――僕のあれは、僕が勝手に怒っただけで、彼が悪いことしたわけじゃないんだ」 「あら、そうなんですの?」 瞬王子の弁解を聞いた侍女が疑わしげな目をして、瞬王子の顔を覗き込んできます。 瞬王子は優しくおっとりした王子様と、城中の誰もが認識していましたからね。 その瞬王子を怒らせるなんて、氷河王子はどんなひどいことを言ったのだろうと、彼女が疑うのも無理からぬことだったのです。 「そうだよ。だから、そんなこと言っちゃ駄目だよ。大事なお母様のこと、そんなふうに言われてるって知ったら、彼が悲しい思いをするでしょう。自分がそんなことを言われたらどんな気持ちになるかを考えてみて」 「……はい、ごめんなさい……」 この城の侍女たちはみんな瞬王子より年上でした。 15歳になったばかりの年下の王子様に注意されて、侍女たちは全員しょぼんと肩を落としてしまったのです。 彼女たちはみんな、根は素直で優しい女の子たちなのです。 瞬王子は彼女たちが大好きでした。 時々調子に乗りすぎるところはありましたけれどね。 そんな瞬王子と侍女たちのやりとりを、ホールに向かって開け放されている休憩室のドアの陰で聞いている人物がいました。 氷河王子が、そこにいたのです。 「ふーん……」 何か思うところがあるのか、氷河王子は侍女たちに囲まれている瞬王子をしばらく探るように鋭い目で見詰めていましたが、やがて ゆっくりとその場を立ち去っていきました。 |