「瞬、なに顔赤くしてんだよ」
「星矢」
氷河王子が瞬王子の部屋を出て行くのと入れ替わりに、突然そう言って窓から瞬王子の部屋に飛び込んできたのは、いたずら天使の星矢でした。
瞬王子の部屋はお城の2階にあるのですが――なにしろ天使は神出鬼没なのです。

「べ……別に赤くなんか」
「赤い赤い。熟したトマトより赤い」
からかうように言い募る星矢は、瞬王子の中に男の子の心と女の子の心があることを知っています。
でも、天使は“恋”という感情がどんなものなのかまで知っているのでしょうか。
星矢を見ていると、彼はそんなことは全然知らないでいるように思えました。
彼はただ事実を言っているだけのように、瞬王子には思えたのです。
なら、それは事実なのでしょう。
瞬王子の顔が熟したトマトみたいに真っ赤になっているというのは。
瞬王子はとても恥ずかしくなって、熟したトマトみたいになっている顔を伏せ、急いで話を逸らしました。

「そうだ。また、あの欲深大臣が悪巧みしてるって、氷河王子が知らせてくれたんだけど――。今夜らしいんだ。正確な場所と時刻、探ってきてくれる?」
「また、リボンの騎士参上ってわけ? あの欲深大臣もマメだよなー」
「きっと、お小遣いが足りてないんでしょ。大伯母様に尻に敷かれて」
『大叔母様』というのは、欲深大臣の奥さんのことです。
案外、欲深大臣の悪事の理由は本当にそういうところにあるのかもしれない――と、瞬王子はこっそり考えていました。
星矢が肩をすくめて、瞬王子に苦笑を返してきます。

瞬王子は女の子のように可愛らしく、女の子のように優しく、女の子のようにおっとりして大人しい王子様と思われていましたが、実は、とても正義感が強く勇敢な王子様でもありました。
そして、女の子のような優しい面差しを隠れ蓑にして、正義の味方の仕事もしていました。
リボンの騎士というのは、その時の仮の名です。
最初に仮面をつけた正義の味方として人々の前に姿を現わした時、瞬王子はシルバーランドの世直しの騎士というつもりで『 Knight of reborn 再生の騎士 』と名乗ったのですが、それが『 Knight of Ribbon リボンの騎士 』と聞き間違えられてしまったのです。

リボンの騎士の当面の敵は あの欲深大臣で、彼は実は、瞬王子と瞬王子の兄君の大伯母にあたる女性の夫君でした。
つまり、瞬王子のお祖父様のお姉様の配偶者、ということになります。
大抵は、国の財産である麦等の穀物や什器の横流しをして、ちまちました横領行為を働いているのですが、そのちまちました横領も積み重なれば、国が被る損失はかなりの額になりますからね。
帳簿が合わないと、他の誰かが濡れ衣を着せられるようなことにもなりかねません。
シルバーランドは、瞬王子の兄君である王様が国の基本指針を決定し、大型プロジェクトを実行。
一方で、瞬王子が小さなほころびをひとつひとつ繕うことで、国の運営が成り立っているのでした。






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