その夜も、瞬王子は、いつもの通り 仮面で顔を隠し、開き直って二度目の登場から大きなリボンをつけるようになった帽子とマントでリボンの騎士の姿になり、愛馬に跨って颯爽と悪者たちの前に立ちふさがりました。
ところが。
いつもなら、
「リボンの騎士だ、逃げろー!」
となる悪者たちが、今夜に限って、
「リボンの騎士だ、今夜こそ掴まえろ!」
と、がなり声をあげながら、リボンの騎士に立ち向かってきたのです。
察するに、ちまちました悪事をことごとく阻止されて、欲深大臣がついに反撃に出ることにしたのでしょう。

「もしリボンの騎士が現われたら、品物の授受よりリボンの騎士の正体をあばく方を優先させろとの、大臣からのご命令だ。絶対に城中にいる者に決まってるんだ。ばれたら大臣の立場が危うくなる」
その場の指揮を任されているらしい男が、口にしなければいいことを大声で騒ぎたてています。
堂々と黒幕の正体を口にする彼の迂闊さに、他人事ながら、瞬王子は軽い目眩いを覚えてしまいました。

人目や他聞をはばかる深夜の取り引き。
人に気付かれてはまずいでしょうから、取り引き現場にいる悪者たちはせいぜい10人かそこいらだろうと、瞬王子は――もとい、リボンの騎士は――考えていました。
それくらいの人数なら すぐに追い払って、国の財産の横流しは簡単に阻止できるだろうと思っていたのです。
ところが、横流しの取り引き現場にいた悪者たちの数はどう見ても50人以上。
いいえ、もしかしたら100人近くはいたかもしれません。

その人員配置はリボンの騎士対策を兼ねてのことだったのかもしれませんが、それにしても、たかだか荷車5台分の麦の横流しに100人もの人間を動員するなんて、全く費用対効果を考えていないとしか言いようがありません。
瞬王子は、正直なところ、欲深大臣の算数の能力にも疑問を覚えずにはいられなかったのです。

もちろん、瞬王子はここで彼等に掴まってしまうわけにはいきませんでした。
リボンの騎士は正義の味方で、悪者たちの悪事を阻止しようとしているのですから、リボンの騎士の正体が人に知られても、瞬王子は特に困るわけではありません。
ですが、この場に黒幕の欲深大臣がいないのは問題でした。
欲深大臣が悪事を働いている決定的証拠を手に入れるまで、瞬王子は欲深大臣にリボンの騎士の正体を知られてしまいたくなかったのです。
女の子のような顔をして、ろくに剣も使えないような王子様の前でなら、欲深大臣も油断して尻尾を出すかもしれませんが、その王子様が実は欲深大臣の悪事の邪魔ばかりしているリボンの騎士と大臣に知れてしまったら、いくら迂闊な欲深大臣でも少しは慎重になるでしょう。
それはやはり困るのです。

なにより、欲深大臣は義理とはいえ、国王の大伯父に当たる人物。
そして、欲深大臣の妻である大伯母は、瞬王子の兄君が国王に即位する際、まだ若すぎると不安の声があがった時に、その声を抑えてくれた大恩ある人でした。
自分の夫がこんなことをしているなんて、瞬王子は、彼女には絶対に知らせたくなかったのです。
瞬王子は、リボンの騎士という他人からの告発と証拠提示によって欲深大臣の悪事を兄であるシルバーランド国の王に示し、欲深大臣は王からの勧告によって自発的に大臣の職を辞する――という形での事態の収拾を図りたかったのです。
ですから瞬王子は、仮面をつけ、大きな帽子を目深にかぶって、リボンの騎士などという正義の味方の格好を“作った”のでした。

ともかく、ここでリボンの騎士が悪者たちに捕まるわけにはいきません。
どうやら今夜の取り引きは、横流しされる麦の量もさほど多くはないようです。
ですから、悪者を10人ほど倒したところで、リボンの騎士は、悪事の取り引き現場にいる者たち全員を成敗することを諦め、いったん この場を立ち去ることにして、馬に飛び乗りました。
まるでこうなることを見越していたように、横流し現場にいた者たちの何人かも、事前に用意していたらしい馬に飛び乗り、倉庫の外に出たリボンの騎士を追ってきます。

左手に夜の海、右手には夜の倉庫外。
馬を走らせながら、瞬王子が、
「これはちょっと危ないかも……」
と考え始めた時でした。
突然、瞬王子が乗る馬の前に、何者かが立ちふさがったのは。
「待ち伏せ !? 」
瞬王子は万事休すと思ったのですが、幸いそれはリボンの騎士の唯一の味方だったのです。

「こんなことだろうと思ったぜ。瞬、その馬と帽子とマントをよこせ。俺が囮になる。おまえはそこいらの倉庫にでも隠れてろ。俺なら捕まっても問題ないし、すぐに逃げられるから」
「星矢、ごめんなさい!」
こんなことは前にも幾度かあったので、瞬王子は、それが星矢だということを知ると、すぐに馬から飛び降りました。
瞬王子から、派手なリボンつきの帽子とマントを受け取った星矢が、代わりに馬に飛び乗って、お城のある方向とは逆の方向に向かって駆け出します。

「いたぞ! あそこだ!」
悪者たちご一行の馬が、夜目にも目立つハデなリボン目指して、瞬王子の目の前を駆け抜けていったのは、星矢に馬を預けた瞬王子が物陰に身をひそめた数秒後でした。
その馬のヒヅメの音が聞こえなくなると、瞬王子は隠れていた場所から這い出てきて、ほうっと長い溜め息をついたのです。






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