そんなことを1ヶ月も続けたある日、氷河王子が瞬王子に ふと思いついたように1つの疑問を投げかけてきました。 「しかし、どうして あの大臣は いつまでも大臣職に留まっていられるんだ? 俺とリボンの騎士は既に奴の手下共を何人も捕まえたのに」 それは実に素朴かつ根本的な疑問でした。 氷河王子としては、当事国の王子が悪事の黒幕を知っており、王子の友人が悪党の手下を幾人も捕らえているのですから、のっぴきならない立場に追い込まれた大臣はさっさと職を辞した方が利口――という考えがあったのです。 にも関わらず、欲深大臣は今でも相変わらずシルバーランドの大臣として王宮内を闊歩しているのです。 氷河王子が、その事態を怪訝に思っても、それは当然のことだったでしょう。 ですが、欲深大臣がいつまでもシルバーランドの大臣として威張っていられるのには、これまた至極当然な理由があったのです。 「それは……だって、証拠がないんだもの。大臣自身が悪事の現場に出てくることはないから現行犯逮捕はできないし、捕まった彼の手下たちが何を白状しても、大臣は『そんな悪党の言うことなんて信じられない』って言って逃げちゃうんだ」 「証拠?」 深刻な面持ちで事情を語る瞬王子を見て、氷河王子がぽかんと あっけにとられたような顔になります。 「それがどうかしたの?」 「それがどうかしたのも何も――いや、今夜出掛けるとリボンの騎士に伝えてくれ」 「え? 今夜は特に何の情報も入ってきてないよ。デスクィーン島に視察に出てる兄さんからの報告書を持った使者が到着する予定だから、大臣もずっとお城にいると思うし」 「だからだ」 「だから――って、どういうこと?」 瞬王子が尋ねても、氷河王子は今夜彼が何をするつもりでいるのかを瞬王子に教えてはくれませんでした。 怪訝に思いながら、その夜 リボンの騎士に変身した瞬王子が厩舎に向かうと、その場に先に来ていた氷河王子は、彼の相棒に苦笑しながら言ったのです。 「世間知らずの王子様は、悪事を阻止していれば、いつか悪党も観念して、自分から証拠を提出してくるものと思っているらしい」 そう言って、氷河王子が、瞬王子――もとい、リボンの騎士――を連れていったのは、城下にある欲深大臣のお屋敷。 いったい氷河王子は何を考えているのかと戸惑っているリボンの騎士を引っ張って、氷河王子は欲深大臣の屋敷に忍び込み――そうして彼は、そこで“世間知らずの王子様”には思いつかないような芸当をしてのけてくれたのです。 それはつまり、要するに――窃盗行為でした。 氷河王子は、欲深大臣の屋敷内を 欲深大臣の書斎の奥の隠し金庫は、おかげで空っぽになってしまいました。 正義の味方が泥棒なんて! あまりのことに口をぱくぱくさせているリボンの騎士に、氷河王子は、全く悪びれた様子も見せずに押収品の運搬の手伝いをさせました。 泥棒行為の片棒を担がされて呆然としているリボンの騎士を急きたてて、戦利品を愛馬の背に積み込むと、氷河王子は意気揚々と王宮に凱旋したのです。 氷河王子の泥棒行為は、シルバーランドの王宮に大きな波紋を生みました。 膠着状態に陥っていた事態は、急転直下の解決をみてしまったのです。 翌日あたふたしながら王宮にあがってきた欲深大臣は、瞬王子と他の重臣たちに、大臣職を辞したい旨を真っ青な顔で申し出ました。 国政に関する重大事を国王の許可なく決めるわけにはいきませんから、瞬王子は、兄君が帰ってくるまで彼の辞職願いは保留にすると大臣に告げたのですが、彼はそのまま王宮を出て、自ら自邸に蟄居してしまったのです。 欲深大臣は奥方には内緒で悪事にいそしんでいたらしく、瞬王子の許には、大伯母様から事情を尋ねる手紙が届けられたのですが、瞬王子はそれには『よくわからない』とだけ返事をして、欲深大臣の悪行を彼女に知らせることはしませんでした。 瞬王子は、実際、“よくわかって”いなかったのです。 なぜこんなにもあっさりと、自分を悩ませていた事態が消滅してしまったのかが。 瞬王子はもう1年以上もの長きに渡ってリボンの騎士として欲深大臣の悪事粉砕に努めてきました。 それでも懲りる様子ひとつ見せず、悪事を続けていた欲深大臣。 その欲深大臣が、氷河王子の泥棒行為で、たった一晩で悪事から足を洗う気になってしまったのですから、それは瞬王子に驚くなと言う方が無理な話。 『毒をもって毒を制す』という発想は、瞬王子には縁のないものだったのです。 |