「リボンの騎士と一緒に正義の味方ごっこをしているのも楽しかったんだが、そういつまでも悪党をのさばらせておくわけにはいかないしな」
瞬王子の部屋で、氷河王子は すっかりくつろいだ様子。
欲深大臣辞職騒動の騒がしい1日が終わる頃には、瞬王子も、なぜこんなことになったのかはわからなくても、こんなことになった事実だけは 何となく認めることができるようになっていました。
これはシルバーランドにとっても、もう悪事を働くことがなくなるであろう欲深大臣にとっても良いことなのですから、瞬王子は、その現実を素直に受け入れることにしたのです。

「これでリボンの騎士の出番もなくなるというわけだ。奴と一緒に戦っているのは本当に気分がよかったから、それができなくなるのは少々残念だがな。奴は実に素晴らしい剣の使い手だ。あのやたらと目立つリボンだけはいただけないが」
氷河王子は本当に残念そうに――けれど、苦笑しながらそう言いました。

一緒に戦えなくなるのは残念――。
その気持ちは瞬王子も同じでした。
瞬王子は、お城では女の子のように大人しい王子様の振りをしていますからね。
氷河王子と一緒に悪者退治をするのは、とても爽快で楽しいことだったのです。
二人は、戦いの息もぴったり合っていましたし。

ですが、欲深大臣が悪事をやめてしまったら、リボンの騎士の出番はもうなくなってしまいます。
そうなることを望んでいたはずなのに、ずっと望んでいたことがついに叶ったというのに、瞬王子は、この結末を心底から喜ぶことができなかったのです。
何よりも瞬王子を不安にしたのは、正義の味方ごっこをすることができなくなった氷河王子が、シルバーランドにいることに退屈して、このまま国に帰ってしまうのではないかということでした。
シルバーランドとゴールドランドは隣り同士の国でしたが、ゴールドランドは広大な国で、シルバーランドの都とゴールドランドの都は、馬で全力疾走させても往復に丸一日がかかるくらい離れた場所にあったのです。
今はこうして毎日会っていられるのに、氷河王子がゴールドランドに帰ってしまったら、それも叶わないことになってしまうでしょう。

「氷河……は、亜麻色の髪の乙女が見付かるまで、ここにいてくれるよね?」
一縷の希望にすがって、瞬王子は氷河王子に尋ねました。
瞬王子は、少しでも長く、氷河王子にシルバーランドに留まっていてほしかったのです。
そのためになら、正体を知られては困る亜麻色の髪の乙女の力だって借りたいくらい、そうなることを願っていました。

氷河王子はそれには答えず、代わりに少し寂しそうな微笑を瞬王子に向けてきました。
そして、彼らしくなく沈んだ声で言ったのです。
「彼女には好きな男がいるようだ」
と。

「え?」
瞬王子は、氷河王子のその言葉にびっくり。
それはそうでしょう。
亜麻色の髪の乙女その人である瞬王子自身にも、それは初耳のことだったのです。
亜麻色の髪の乙女に好きな人がいるなんて。

氷河王子は、どうして急にそんなことを言い出したのでしょう。
二人が初めて出会った、あの誕生日のお祝いの日以来、氷河王子は一度も亜麻色の髪の乙女に会ってはいないはずなのに。
そして、亜麻色の髪の乙女に好きな人なんて 絶対にいるはずがないというのに。
とはいえ、瞬王子は、ここで、
「そんなはずはないよ」
と言って、氷河王子の誤解を解くわけにもいきませんでした。
そんなことをしたら、なぜそう言えるのだと氷河王子に問い詰められて、へたをすると、亜麻色の髪の乙女の正体が瞬王子だとばれてしまいかねません。
男らしい王子様になることが夢の瞬王子としては、それは何があっても避けたい事態でした。

「た……たとえ、そうだったとしても、氷河なら、その……その恋敵から亜麻色の髪の乙女を奪い取ることくらいできるでしょう? 氷河はとても綺麗だし、ゴールドランドの王子様だし、女の子なら誰だって氷河を好きになるに決まってるよ!」
氷河王子をシルバーランドに引き留めたい一心で、瞬王子は ついそんなことを口走ってしまったのです。
なぜそんなことを口走ってしまったのか、瞬王子は自分でもわかっていませんでした。
――いいえ、わかっていました。
わかっていたからこそ、そんな無責任なことは言ってはならないと、言葉にしてしまってから、瞬王子は思ったのです。
そう、それは言ってはならないことでした。
亜麻色の髪の乙女・・はこの世に存在していないのですから、氷河王子の恋が実ることは決してないのです。

「それは無理だ。彼女が好きな相手は、俺以上にいい男だから」
氷河王子が落胆したように呟きます。
自信家の氷河王子がそんなことを言うなんて、いったい亜麻色の髪の乙女が好きな人というのは、どこの誰なんでしょう――どこの誰だと、氷河王子は思い込んでいるのでしょう?
亜麻色の髪の乙女は(今は亜麻色の髪でも “乙女”でもありませんでしたが)、なぜ氷河王子がそんな誤解を抱くことになったのか、まるで訳がわからなかったのです。






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