氷河王子が寂しげな笑みを残して瞬王子の部屋を出ていくと、そこに入れ替わりにやってきたのは、いたずら天使の星矢でした。
リボンの騎士の唯一の協力者という立場も、瞬王子の秘密の共有者という立場も氷河王子に奪われて、すっかり出番がなくなってしまった星矢は、そろそろ天の国に帰ろうかと考え始めているようでした。

「ねえ、星矢。僕は本当は男と女のどっちに生まれるはずだったの?」
瞬王子がそう尋ねると、星矢は短く、
「男」
と、瞬王子に教えてくれました。
「もし、男の子の心を星矢に返してしまったら、僕は女の子になるの? 気持ちだけじゃなく、身体も女の子になっちゃうの?」
「そういうことになるな。ただ、そうなると、その女の子の心を貰うはずだった女の子が男の子にならなきゃならなくなるんだ。おまえもその子も結構大変かもしれないぞ」
「え?」

それは、瞬王子が初めて聞く話でした。
瞬王子の中にある女の子の心の本当の持ち主がどこかにいるなんて。
「その女の子は……女の子のままでいたいよね、きっと」
「どうかなー。その子は今、自分の心を持っていないから、何も感じていないと思う」
「……」

それが 自分のしでかした いたずらが引き起こした事態だというのに、星矢はあまり罪悪感を感じていないようでした。
心を持たない人間は、心を持っていないが故に苦しみも悲しみも感じることはないのですから、確かにその女の子に同情することは無意味なことなのかもしれません。
けれど、瞬王子は、到底 星矢のように平気ではいられなかったのです。
生きている人間に心がないなんて、それはいったいどんなことなのでしょう。
瞬王子には想像もできませんでした。

瞬王子は、もう自分の気持ちがわかっていました。
自分が氷河王子を大好きになっているということを。
ですから、人が“女の子”でいられることが、どれほど幸運なことなのかも――瞬王子にはわかっていたのです。

「俺もそろそろ仕事を終えて、天の国に帰らなきゃまずいかなー……」
そんな呟きを残して 星矢がおやつを探しに行ってしまうと、瞬王子は自分の部屋のベッドの上にうつ伏せに倒れ込みました。
なんだか色んなことが、瞬王子の心を重くしていました。

(僕が氷河を好きになっちゃったのは、僕の中に女の子の心があるせいなのかな……。男の子の心だけになったら、僕は氷河を嫌いになっちゃうのかな……)
瞬王子は、それがとても不安でした。
氷河王子を嫌いになってしまった自分。
そんな自分の姿を想像するだけで、瞬王子は悲しくて苦しくてなりませんでした。
だって、瞬王子は心を持っていましたから。

「僕は、氷河を嫌いになんかなりたくない……!」
それが、今の瞬王子のいちばんの願いでした。
それでも、自分が2つの心を持っているせいで、楽しいことを楽しいと感じることのできない生活をしている女の子が この世界のどこかにいると知ってしまったからには、自分の中にある2つの心のうちのどちらかは元の持ち主に返さなければならないと、瞬王子は思ったのです。
心がないなんて、どんなにつらいことでしょう。
その つらいことをつらいと感じる心がないこと、その悲しさを思うと、瞬王子は2つの心を自分のものにしておくことはできそうにありませんでした。

でも、どちらの心を返せばいいのか――。
男らしい王子様になることは、瞬王子の夢でした。
でも、瞬王子が女の子でないものになれば、氷河王子を好きな瞬王子の気持ちは無意味なものになってしまいます。
一晩悩んで――悩んで悩んで悩み抜き、結局答えに至ることができなかった瞬王子は、氷河王子にそれを決めてもらうことにしたのでした。






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