「心って不思議。男だから女の人を好きになるわけでも、女の子だから男の人を好きになるわけでもないの? 僕が氷河を好きになっても、変なことじゃないの……?」
心というものは、本当に本当に不思議なものです。
苦しかったり、悲しかったり、楽しかったり、嬉しかったり。
もしかしたら悪い心の持ち主になってしまうかもしれないのに、それでも神様が人間に心を与えるのは、心がないと人間は優しくも幸福にもなれないからなのでしょう。
そして、おそらく、人が優しく幸福な心の持ち主になれるのは、その心が誰かを好きになった時だけなのです。

今の瞬王子がそうでした。
今、瞬王子は、氷河王子が大好きで、とても幸福でした。
だから、瞬王子はとても優しい気持ちになることができたのです。
優しくて、強い気持ちに。
だから、瞬王子は言うことができたのです。
「氷河が今のままの僕でいいって言ってくれるのなら、僕は今のままの僕でいたい。僕の中にある女の子の心、氷河の妹さんに返す」
――と。

「いいのか」
「うん。そうすれば、氷河のお母様も安心できるよね」
「ああ、きっと。ありがとう、瞬!」
それまで瞬王子のどんな言葉にも“あっさり”していた氷河王子が、初めてその声を弾ませます。
感極まったらしい氷河王子は、瞬王子をその手で強く抱きしめて――けれど、すぐに瞬王子の背にまわした腕を解いてしまいました。

「あ、す……すまん。悪かった。許してくれ」
「氷河……?」
氷河王子はどうして謝るのでしょう。
そして、どうして、彼の好きな人をその胸から遠ざけてしまうのでしょう。
たった今、あれほど強く、綺麗で真剣な目をして、瞬王子を好きだと言ってくれたばかりなのに。
瞬王子は、氷河王子の“心”がわからなくて、ひどく切ない気持ちになってしまったのです。
『おまえの綺麗な目が好きだ』と言ってくれたあの言葉は、嘘だったのでしょうか。
切なげに氷河王子を見詰めた瞬王子に、氷河王子は――瞬王子より悲しげな目をして、彼はやがてその目を伏せてしまったのです。

「悪かった。リボンの騎士には内緒にしておくことにしよう」
「ど……どうしてそんなこと言うの?」
「どうしてと言われて……。おまえは、リボンの騎士が好きなんだろう?」
「え?」
どうして・・・・氷河王子は、瞬王子を驚かせるようなことばかり言うのでしょう。
瞬王子はまた、頭の中がぐるぐるしてきてしまいました。

「奴は、俺が見ていても気持ちのいい奴だと思う。剣の腕前もかなりのものだし、それでいて驕ったところはないし、おまえのために戦って、おまえに恩を着せるようなこともしない。まさにおまえの騎士だ。ちょっとチビで痩せっぽちだがな」
本当に――いったい氷河王子は何を言っているのでしょう。
瞬王子がリボンの騎士を好きだなんて、そんなことがあるはずはないのに。

「氷河、ちょ……ちょっと待って……!」
すべてばれていると思っていたのに、どうやら氷河王子は、リボンの騎士の正体には気付かずにいるようでした。
亜麻色の髪の乙女が何者であるのかは苦もなく看破した氷河王子が、どうしてリボンの騎士の正体には気付かないのか――。
瞬王子は訳がわからずに混乱してしまったのです。

もっとも、その訳はまもなくわかりましたけれど。
リボンの騎士は、いつもマスクでその顔を隠していました。
氷河王子はリボンの騎士の素顔を見たことがないのです。
『その綺麗な目を見たらわかる』
氷河王子がそう言った瞳――リボンの騎士の瞳を氷河王子は一度も見たことがないのですから、それは当然のことなのです。

瞬王子は、その時になって、氷河王子が、
「亜麻色の髪の乙女には好きな男がいるようだ」
と言い出した理由がやっとわかりました。
氷河王子は、亜麻色の髪の乙女が瞬王子だということには気付いていました。
そして、瞬王子――つまり、亜麻色の髪の乙女――はリボンの騎士を好きなのだと思っていた。
そう思い込んでいたので、氷河王子は、「亜麻色の髪の乙女には好きな男がいる」と言って、彼女との恋を諦めようとしたに違いありません。

「だから、俺のことは『ちょっとだけ』しか好きじゃないんだろう?」
氷河王子は、そう言って、ふいと横を向いてしまいました。
魔女の息子と噂されるほど綺麗な顔を、拗ねている子供のように歪ませて。
そんなふうな氷河王子を、瞬王子はとても可愛いと思ったのです。
そして、つい――氷河王子にはわからないように、小さく笑ってしまいました。
氷河王子が自分のために焼きもちを焼いてくれているのですもの。
そりゃあ嬉しいですよね。

リボンの騎士の正体を知らせたら、氷河王子は呆れてしまうのでしょうか。
仮にも一国の王子様が、正義の味方ごっこの手助けならともかく、その本人だったということを知ってしまったら。
ですが、氷河王子にしっかりと抱きしめてもらうには、その事実を彼に知らせる以外に術はありません。

「氷河……氷河に、僕の秘密を教えてあげる」
「秘密? 俺だけに?」
「うん、あのね……」
そうして瞬王子は、氷河王子の綺麗な瞳を見上げ、胸をどきどきさせながら、その秘密を氷河王子に打ち明けたのです。






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