氷河そっちのけでヤコフを追いかける毎日。
そんな日々を過ごすうちに、氷河はどんどん機嫌が悪くなっていった。
自分の友だちと友だちが仲良くなることを歓迎しない人間がいるなどということを考えたこともなかった瞬は、ある日、氷河の仏頂面の訳を無邪気に彼に尋ねてみたのである。
氷河から返ってきた返事は、
「おまえがヤコフにばかり構っているのが気に入らない」
というもの。
これでは どちらが子供なのかわからないと、その返答に瞬は大いに呆れることになった。
氷河に焼きもち焼きの気があることは瞬も知っていたが、相手はまだ幼い――ほんの子供ではないか。

「僕、氷河の友だちに嫌われたくないんだよ」
自分がヤコフを諦めきれないのは、彼が 氷河の・・・友だちだからなのだという点を強調して、瞬は氷河の不機嫌を和らげようとしたのだが、氷河はそんな理屈ではなだめられてくれなかった。
「俺に嫌われてもか」
「え?」
吐き出すように素っ気ない口調で そう言う氷河に、瞬は瞳を見開くことになったのである。
「氷河……まさか、本気でそんなこと言ってるの? こんなことで氷河はほんとに僕を嫌いになるの?」

瞬の恋人の当然の権利として口にした愚痴に、瞬が半ば本気でショックを受けていることに気付き、氷河は慌てた。
慌てて、その顔に“笑い”を貼りつける。
「俺がおまえを嫌うなんてことがあるはずがないだろう。この展開が少々意外で驚いただけだ」
「意外――って、どういう意味なの。氷河はどういう展開なら、意外じゃなかったの」
「――」
瞬の反問に合って、氷河は、『口は災いの元』という非常にポピュラーなことわざを思い出すことになったのである。
が、一度、口にしてしまった言葉を消し去ることはできない。
氷河は軽く肩をすくめて、彼が想定していた展開を瞬に白状することになった。

「おまえを ここに連れてきたら、ヤコフは俺よりおまえの方に懐くだろうと、俺は思っていたんだ。それで、俺はおまえに放っておかれて臍を曲げることになるだろうと。同じように臍を曲げるにしても、こういう曲げ方になるとは思ってもいなかった」
「なに、それ」
氷河の語る“意外でない展開”の方が、瞬には よほど意外なものだった。
氷河の“意想内”が理解できず、瞬は眉をひそめることになってしまったのである。

「おまえは俺と違って子供に好かれるタイプだし、ヤコフならなおさら――と思っていたんだが、現実は全く逆。おまえの方がヤコフを追いかけている。おかしなこともあるものだ」
「ヤコフならなおさら――って……。氷河がそう思った根拠は何なの」
「おまえは、北の人間に好かれるようにできているんだ」
「……」
氷河の言う“根拠”に、瞬は一瞬きょとんとすることになった。
『アンドロメダ座の聖闘士が北の人間に好かれるようにできている』というのが、氷河の予測の根拠なら、瞬は、氷河がその根拠を信じるに至った根拠こそを知りたかった。
瞬の疑念を察したらしい氷河が、すぐに瞬の知りたいことを瞬に知らせてくる。
「暑すぎず、寒くもないところが」
「……」
そう言って、氷河は、なぜか自嘲気味に薄く笑った。

氷河の言う『暑すぎず、寒くもないもの』を小宇宙のことだと解して、瞬はぷっと頬を膨らませたのである。
「僕は空調装置か何かなの」
「ヤコフが気付いていないだけならいいんだが――」
「……?」
いったいヤコフは何に気付いていないというのか。
もし氷河が『アンドロメダ座の聖闘士が北の人間に好かれるようにできている』と思い込むに至った根拠が、本当にアンドロメダ座の聖闘士の小宇宙・・・の温度・・・なのであれば、一般人であるヤコフがそれを感じ取れない事態は さほど不思議なことではない。
氷河が何を考えているのかが よくわからず、瞬は微かに眉根を寄せたのだった。






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