「なんだよ、あのすかした奴! 瞬に機嫌取りをさせたくて、停戦の申し出を受けたのか !? 」
まるで気に入りの侍従を従えた帝王のように 瞬を連れ去っていくハーデスの後ろ姿に向かって、星矢が忌々しげに毒づく。
ハーデスの傲慢もさることながら、星矢の無鉄砲にも、彼の仲間たちは呆れ果てていたらしい。
紫龍は、歯に衣着せずに言いたいことを言っておきながらハーデスを本気で怒らせることなく事なきを得るという奇蹟を成し遂げた星矢に苦笑し、そんな紫龍とは対照的に、氷河は にこりともせず、
「放っておけ。どうせ敵になる」
と、短く言い切った。

「おい、不吉なこと言うなよ」
あれだけハーデスの神経を逆撫でするようなことを言い募っておきながら、星矢は それでも一応、冥界との戦いは始まらない方がいいという認識でいたのである。
戦い回避のための努力など するだけ無駄と言わんばかりの氷河の口調に、星矢は眉をしかめた。
「敵になるのなら、なおさら瞬一人でハーデスの相手をさせるのは――」
危険な行為なのではないかと、紫龍はアテナに視線で尋ねた。
アテナが、紫龍の視線の問いかけに言葉で答えてくる。
「ハーデスも、私の結界で閉じられた聖域の中では 滅多なことはしないでしょう。よほどのことがない限り」
「あ、ああ、そうですね。どれほど強大な力を持つ神でも、この聖域の中で滅多なことは――」
「んじゃ、すぐ あの二人を追いかけようぜ。あの神様、見るからに助平そうだったし、二人きりにしとくと、瞬が危ない」
「なに……?」

いったい星矢には 今のアテナの言葉がちゃんと聞こえていたのかと、紫龍は、妙に張り切っている仲間の顔をまじまじと見おろすことになったのである。
星矢は決してアテナの声と言葉が聞こえなかったわけではなかったらしい。
星矢は、『よほどのことがない限り、滅多なことはしないでしょう』というアテナの言葉を、『よほどのことがあれば、ハーデスは瞬に滅多なことをする』という意味に捉えたものらしかった。
それはそれで、決して間違った解釈ではない。
その解釈が、多くの他者の賛同を得られる解釈かどうかという問題を別にすれば。
「その仕事は おまえらに任せる。仮にもアテナの聖闘士が、そんなストーカーまがいのことをしていられるか」
少なくとも、星矢の解釈は、氷河のそれとは異なっていたようだった。

「なんだよ、氷河! おまえ、瞬のことが心配じゃないのかよ!」
“仮にもアテナの聖闘士”だから、仲間の身を案じていた星矢には、氷河のその発言は聞き捨てならないものだった。
が、乗り気でない氷河を その気にさせるには、相当の手間と時間がかかる。
そして、今は、1分1秒の時間も おろそかにできない危急存亡のとき
星矢は、あっさり氷河に見切りをつけた。
「んじゃ、紫龍。付き合ってくれ」
「いや、アテナも よほどのことがない限り心配は不要と言っていることだし、俺も、そんな、人様のあとを こそこそつけまわすような真似は――」
「俺が一人でそれをやったら、それこそ俺がストーカーみたいだろ!」

氷河だけならまだしも、紫龍までが、くだらない体面のために窮地にある仲間を見捨てようとするとは。
星矢は、眉を吊り上げて、龍座の聖闘士を怒鳴りつけた。
何事にも自分の気分を最優先する氷河と違って、理屈最優先の紫龍は 勢いで捻じ伏せることができる。
結局星矢は、捻じ伏せられた紫龍を従えて、瞬と冥府の王のあとをストーカーのようにつけまわす作業にとりかかったのだった。






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