今は、地上に生きる人類が生き残れるか ほろんでしまうのかを決する危急存亡の秋。
そしてまた、ひいては、聖域の存続、瞬の貞操に危険が迫る重大時。
そのつもりで、星矢は、紫龍を従えて、瞬とハーデスのあとを追いかけたのだが、星矢の焦心に反して、問題の二人は、(少なくとも一見したところでは)至って のんびりした様子だった。
秋のやわらかい陽射しの中で穏やかに輝く十二の宮を結ぶ石畳の道を、二人は連れだって ゆっくりと歩いている。
光でできた光景の中に どうあっても溶け込めないハーデスは、否が応にも目立つ。
一緒にいるのが瞬ということもあって、あまりに対照的な二人連れは、聖域の者たちから露骨に好奇の目を向けられていた。
ハーデスは そういった者たちの視線を全く意に介していないようだったが。

「ここは明るすぎる。余は光を好まぬ」
「光が お嫌いなんですか」
「光はうるさい」
その“うるさい光”の最たるものが、きっちり5メートルの距離を置いて、冥府の王とその連れのあとをつけている瞬の仲間たちであるらしい。
目も耳も鼻もいい星矢には、ハーデスの当てつけめいた言葉が はっきり聞こえていたのだが、もちろん星矢は素知らぬ顔でそれを聞き流した。
ハーデスも、わざわざ後ろを振り返るようなことはしなかった。

質問されたことに答える時以外、自分からは口を開こうとしない瞬の姿の他には、ハーデスは特に見たいものがないようだった。
ハーデスは確かに、アテナの統べる聖域の様子を探ろうとしてはいない。
彼の視線は、専ら 彼の傍らにいるアンドロメダ座の聖闘士に注がれていた。
「そなたは、光の中にいるのも似合うが、静かな闇の中にいるのも――」
『似合う』と、ハーデスは言おうとしたようだった。
が、結局 彼は、言いかけた言葉を最後まで言うことをしなかった。

どうしても好きになれない、意味ありげな微笑。
底意の読み取れない漆黒の瞳。
その瞳が、瞬の姿だけを映していること。
星矢は、ハーデスの何もかもが気に入らなかった。
それでも、ハーデスの人物を見る目の確かさだけは認めないわけにはいかなかったのである。
瞬は明るい光が似合う。
瞬は、光の中にいてこそ瞬なのだ。
冥府の王は、それがわかる男のようだった。






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