ある問題を根本から解決しようと思ったら、まず その問題を引き起こした張本人に、問題を起こした真意と責任を問うのが筋というものだろう。
そう考えたから、星矢は、紫龍と連れ立って 彼女の許に直談判に向かったのである。
今回の 訳のわからない事態に限らず、いつもいつもアテナの聖闘士たちに問題と障害をもたらしてくれる彼等の女神の許へ。

「どーしてくれるんだよ! 沙織さんのせいだぞ! 沙織さんが、あんな筒だか棒だかを瞬に見せたから! あれ以前は、氷河と瞬は結構いいムードだったんだ!」
沙織の執務室に入るなり、挨拶も これまでの経緯や現況の説明もなく抗議の声をあげた星矢の横で、紫龍はさすがに渋面を作ることになった。
「星矢、少し落ち着け。状況を順序立てて説明しなければ、沙織さんも何を言われているのか わからないだろう」

いきり立つ星矢をいさめて、紫龍が沙織の方に向き直る。
しかし、そうして彼が沙織に告げた言葉は、あまりにも問題の原点に戻りすぎたものだった。
まるで 一つの戦いが起きた経緯の説明を、人類の起源の時から始めようとするかのように。
紫龍は、沙織に、
「この際、確かめておきたいんですが。沙織さんは、こういうイレギュラーな恋愛について、どういうスタンスでいるんですか」
という質問を繰り出したのだ。
もっとも、沙織は、そんな質問を受けることに気を悪くした様子も 困惑した様子も見せずに、実に堂々と彼女のスタンスを、彼女の聖闘士たちの前に提示してみせてくれたが。
「そんな今更なこと……。私は、ストレートオンリーの神がいないといってもいいギリシャ世界の神よ。それに、井筒の作者である世阿弥元清は、その才能と美しさを将軍 足利義満に寵愛されたことで有名な寵童。氷河の恋愛対象が瞬でも井戸でも、私は一向に構わないわ」

実に大らかな沙織のスタンスを確認して、紫龍が これまでの経緯と現況を沙織に説明する。
氷河と瞬の事情を聞いた沙織のコメントは、
「一人の人間がねえ、ある特定の人だけを避けていたり、嫌っているように見えるとしたら、それは、その人間が その人を好きだということと同じなのよ。要するに、その人だけを特別に意識しているということですもの」
というもの。
この問題の発端であり元凶ではあっても当事者ではない沙織は、しかし、さすがに 当該問題を解決する術までは有していないようだった。
とはいえ、彼女は、この問題の解決を妨げていた障害を一つ 取り除くことはしてくれたのである。
おかげで、星矢と紫龍は、その足で瞬の許に向かい、安心して瞬を問い詰めることができたのだから。


「おまえ、氷河が嫌いなのかよ。俺たちは、てっきり、おまえも氷河のこと好きなんだと思ってたぞ」
「沙織さんのことを気にしているのなら、その心配は不要だ。沙織さんは、氷河がおまえを好きでも井戸が好きでも構わないと言っていた。おそらく、おまえが氷河を好きでもイモを好きでも構わないと言うだろう」
突然 部屋に押しかけてきた星矢と紫龍に詰問と激励(?)の言葉を同時に投げかけられた瞬は、2、3度 瞬きをしてから、
「何のこと」
と、二人に尋ね返してきた。
答えをごまかそうとしたのではなく、瞬は、本当に仲間たちが何のことを訊いているのか――“そのこと”を訊いているのかどうか――を確かめるために反問してきたようだった。
「おまえが、氷河にだけ髪に触らせないことだよ」
瞬の反問の意図を正しく理解し、星矢が彼自身の発した詰問に補足説明を加える。
星矢たちが問題にしているのは やはり“そのこと”だと知った瞬は、そのまま 口をつぐんでしまったが。

「おまえ、前はこんなじゃなかったぞ。なんつーか、もっとこう……柔軟つーか、角がないっつーか……。おまえ、氷河がおまえを好きでいることに気付いてただろ? それで、嫌な気はしてなかっただろ?」
「……」
「氷河は 今は、腹を立てることで 自分が傷付いていることから目を逸らしているが、奴が おまえの振舞いに傷付いているのは確かな事実だ。おまえは人を傷付けるのが嫌いなのではなかったか? それとも、この件でも、氷河だけは特別で例外か」
「僕は……」

星矢たちは、決して瞬を責めるつもりはなかったのである。
氷河が望み、彼等が おそらくそうなるだろうと漠然と思い描いていた未来。
瞬が その未来の実現を妨げるようなことをしたとしても、瞬には 自分で自分の未来を選び取る自由があるのだから、そのことを責めようとは思わない。
だが、彼等が、そういう未来がいずれ訪れるだろうと考えるようになったのには、それなりの根拠があったのである。
氷河の言動、それに対する瞬の態度や反応。
それらのことを総合的に判断して、彼等は、『いずれ氷河の恋は実るだろう』と信じるに至ったのだ。
氷河に対する今の瞬の態度は、彼等をそういう結論に至らせた 瞬のこれまでの態度とは 全く様相を異にしている。
星矢と紫龍の目には、それは、瞬が氷河への態度を豹変させたように映っていた。
何か事情があって、瞬はこれまでの態度を変えなければならない状況に追い込まれてしまったのではないかと、彼等が疑うのは当然のことで、もし そうなら、瞬に態度の豹変を強いることになった事情を解消してやりたいと 彼等が考えるのもまた、氷河と瞬の仲間として自然なこと。

要するに、星矢と紫龍は、瞬が氷河を避けているのは 瞬の本意ではないだろうと考えていたのである。
『瞬に振られたら、次の誰か』などという器用なことはできない氷河のためにも、この問題は 瞬が氷河を受け入れることによって決着がつくのが望ましい。
そう、彼等は考えていたのだ。

そんな星矢たちの熱き友情(?)を知ってか知らずか、仲間たちの前で瞼を伏せた瞬は、小さな声で、実に馬鹿げたことを――星矢たちには 実に無意味で馬鹿げていると感じられることを――訴えてきた。
「氷河は大切な仲間だよ。僕たちは、命をかけた戦いを一緒に戦ってきた仲間同士」
「氷河は、おまえの仲間ではないものに なりたがっているようだが」
そのことに、瞬が気付いていなかったとは思えない。
事実、瞬は気付いていたのだろう。
だから瞬は、それ以上“馬鹿げたこと”を言い募るのをやめ、黙り込んでしまったのだ。
そんな瞬を見て、星矢が溜め息を洩らす。

「おまえの言う通り、あんな阿呆の馬鹿でも 仲間は仲間だからさ。おまえ、どうにかしてやってくれよ。これは、おまえでなきゃ どうにもできないことなんだ」
星矢が珍しく真面目な顔と口調で、瞬に仲間の向後を託してくる。
「おまえらのことが気になって、俺、ここんとこ、食後のおやつの うまい棒を10本食うのがやっとになってきてるんだ。このままいくと、おまえらのことからくる心労で、俺は餓死しちまう」
星矢が続けて そう言ったのは、本当に彼の食欲が落ちていたからではなく、それが氷河のためだけの頼み事ではないのだと告げることによって、瞬の背中を押すため――つまりは、氷河のため。
星矢の星矢らしい思い遣りがわかるから、瞬は、ただ頑なに沈黙し続けていることができなくなってしまったのだった。






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